「食糧」を武器に利用するロシアのテロ:ウクライナの農地に地雷や不発弾

ウクライナは世界の穀倉地だ。そこで生産される小麦などの穀物は世界中で多くの人々の主食となってきた。それがロシア軍のウクライナ侵攻以来、ロシア側がウクライナの穀倉地帯を攻撃し、湾岸都市を封鎖して食糧の輸出を制止してきた。

ウクライナの食糧輸出封鎖は「食糧テロ」

そのため、ウクライナの農民は小麦の生産、収穫、種まきすらできない状況下にある。ウクライナの食糧輸出封鎖は世界の食糧事情を窮地に陥れる一種の「食糧テロ」という批判の声も聞こえる。

世界の「食糧安保政策」を調査する国連食糧農業機関(FAO)FAO公式サイトから

ローマ教皇フランシスコは1日、一般謁見の場でロシアという国名は挙げなかったものの、食糧を武器として利用することは許されないと厳しく批判している。

フランシスコ教皇は、「非常に心配することは、最貧国で何百万人もの人々の生活が依存しているウクライナからの穀物輸出の封鎖だ。この問題を解決し、食糧に対する普遍的な人権を確保するために努力を払うべきだ。主食である小麦を戦争の武器として使用すべきではない」と訴えている(バチカンニュース独語版6月1日)。

ロシア軍がウクライナ侵攻して以来、世界の穀倉地だったウクライナが戦場となり、小麦など穀物はほとんどの港(オデーサを除く)がロシア軍に占領されているため、黒海からアジア、アフリカへ輸出できない。その結果、アフリカ、アジアでは小麦不足で飢餓に苦しむところが出てきた。

ウクライナからの食糧が輸出できないため、小麦や穀物を使った製品の価格が世界中で急上昇している。パン類、麺類といった基本的な食料品が軒並み7、8%から10%以上高くなった。1981年以来の高インフレの国も出てきた。

世界最大の小麦輸出国であるロシアは、6月末までに、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニアを含むユーラシア経済連合への小麦輸出を制限する予定という。世界第2位の小麦輸出国のインドも、熱波により収穫が少なくなったため、輸出禁止を実施したばかりだ(インド商務省によると、政府の許可があれば、輸出禁止の例外は可能という)。

「穀倉地帯の爆発物」を報じる独週刊紙「ツァイト・オンライン」5月31日

ウクライナの農地の多くは地雷が敷設されている

食糧輸出港の封鎖だけではない。ドイツの高級週刊紙「ツァイト・オンライン」5月31日には「穀倉地帯の爆発物」という記事が掲載されている。「世界は、ウクライナで再び穀物が栽培されるのを待っているが、農地の多くは地雷が敷設され、不発弾が転がっているため、農民は危険にさらされている」というのだ。

ツァイト紙は、「ロシアの黒海艦隊がウクライナの港を封鎖しているため、現在、2000万トン以上の穀物がウクライナのサイロ(貯蔵倉庫)で腐敗する危険にさらされている。港は破壊され、橋、道路、線路は爆破されてしまった。ウクライナからの穀物収穫は世界市場にとって非常に重要だ。プーチン大統領はその食糧を武器に利用して、欧米の対ロ制裁を破棄させたいのだ。サイロは彼の人質だ」と報じている。

ツァイト紙によると、ウクライナ産の穀物を列車で輸送する案が検討されている、一方、トルコは黒海回廊の可能性についてロシアとウクライナと交渉、英国は穀物輸送を護衛するために軍艦を送る用意があるという情報も聞かれる。

いずれにしても、穀倉地のウクライナから完全に地雷が撤去されるまで10年余りの年月がかかる。すなわち、ウクライナからの食糧輸出は10年間あまり戦争前の状況には戻らないわけだ。

安全保障問題と言えば、多くは軍事的な危機管理の観点から理解するが、国民が日々摂る食糧の確保も安全保障問題だ。

世界的に人口増加による食糧需要の増大、気候変動による生産減少など、国内外の様々な要因によって食料供給は影響を受けるから、国は常に食料の安定供給に心を配らなくてはならないわけだ。その意味で、ウクライナ危機は食糧安保問題を再検討するチャンスともいえる。

日本と中国の食糧問題の深刻さ

例えば、日本は食糧の60%以上を海外から輸入している。食糧輸入国だ。だから、世界の食糧事情を理解し、緊急時には対応しなければならない。また、世界最大人口を誇る中国にとっても食糧問題は大きい。

中国は耕作可能な土地は世界の1割しか占めていないが、人口では世界の2割を占めている。国が養わなけれならない国民の数が収穫できる耕作地の2倍以上だ。その結果、中国は必然的に日本と同様、食糧輸入国とならざるを得ない。14億人の国民を養わなければならない中国にとって、安全な食糧確保は国の最大課題だろう。

同時に、中国の食糧事情は世界にも大きな影響を及ぼすことになるから、世界各地で食糧争いが生まれる危険性が出てくる(「中国の『食糧安全保障』政策に警戒を」2021年5月12日参考)。

人類は過去、食糧、水源の獲得から始まり、領土の拡大、核兵器製造など軍事力の強化まで、その存続と勢力拡大のために戦争を繰返してきた。そして21世紀、人類は再び食糧争いを引き起こす危険性が出てきているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。