ロシアのラブロフ外相は6日、セルビアを訪問するためにモスクワからベオグラードに向かって飛び立つ予定だったが、ブルガリア、北マケドニア、モンテネグロのバルカンの3国がロシア政府機の上空通過飛行を拒否したために、セルビア行きを断念せざるを得なくなった。
ラブロフ外相自身が現実を実感できたことに期待
ラブロフ外相はオンラインで急遽記者会見を開き、「主権国家の外相の飛行を拒否するとは考えられないことだ」として、ロシアに対する敵対行為と非難している。ラブロフ外相はベオグラードで親ロシア派のヴチッチ大統領らと会談する予定だった。
ロシア外交の責任をもつ立場のラブロフ外相が怒り出すのはある意味で理解できるが、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、ロシアが厳しい国際的制裁下にあるという現実を外相自身が今回肌で実感できたことを期待している。
なぜならば、今回のセルビア行き中止はラブロフ外相にとって最初のケースだが、最後ではないからだ。ラブロフ外相は今後も同じような苦い体験をせざるを得なくなるはずだ。ラブロフ外相はロシア軍のウクライナ侵攻によって、ロシアの外交が孤立化し、ロシアへの評価が世界的に低落している、という事実を正しく把握すべきだろう。
ラブロフ外相は5月1日、イタリアのテレビとのインタビューの中で、プーチン大統領のウクライナの非ナチ化発言を擁護する意味合いもあって、「アドルフ・ヒトラーにユダヤ人の血が流れている」と発言し、大きな反響を与えたが、今回は自身の外交でロシアの現実を意図に反して世界に知らしめたわけだ(「ラブロフ外相の発言で分かったこと」2022年5月4日参考)。
世界で活躍してきたロシア出身のスポーツ選手、ダンサー、映画監督などがプーチン大統領から距離を置いてきている。同時に、欧州ではロシア・フォビアと呼ばれるロシア人への嫌悪感が拡大し、長い間欧州に住んでいたロシア人が心を痛めている。あれも、これもロシア軍のウクライナ侵攻によってもたらされた現象だ。
西側に移民する人が増えてきた
プーチン大統領がロシア軍にウクライナ侵攻を命令して以来、ロシア国内の知識人、若者たちで西側に移民する人が増えてきた。公式の統計はないが、その数は20万人から50万人と推定されている。彼らは母国ロシアに住むことが嫌だったわけではなく、“プーチン大統領のロシア”に留まることに希望を見いだせなくなったからだ。
ロシアに対してウクライナ戦争後も変わらない友好姿勢を取っている国は限られてきた。最大の友邦国ともいうべき中国も決してロシア支持で100%固まっているわけではない。ウクライナ軍の反撃に苦戦するロシア軍の現状を目撃して、習近平国家主席の対ロシア政策も揺れてきている。
北朝鮮、イランは依然、ロシア寄りだが、国際政治の舞台では大きな影響力を有していない。プーチン大統領は5月26日、第1回ユーラシア経済連合の本会議を開き、今月3日、ソチでアフリカ連合(AU)議長国セネガルのサル大統領と会談したばかりだが、ロシアの孤立化をカムフラージュするほどの効果は期待できない。
すなわち、ロシアは国際社会で孤立しているのだ。その「孤立化」という言葉の意味をプーチン大統領はまだ感じていないかもしれないが、ラブロフ外相は今回、セルビア訪問断念を通じて先駆けて実感したのではないか。事実の認識から改善が始まるからだ。フェイクニュースの世界に籠っていると、現実が見えなくなる。独裁者が陥る世界だ。
世界で孤立するロシア
欧米諸国の対ロシア制裁の影響を次第にモスクワでも感じだしてきただろう。国際銀行間通信協会(SWIFT)の国際決済ネットワークからの排除はロシア経済に大きな影響を与えるだろうし、欧州連合(EU)のロシア産原油禁輸制裁は天然ガス禁輸以上にモスクワの財政に影響を与える。それらは現実の世界だ。ロシア側が必死に強がりを主張し、フェイクニュースを流したとしても、制裁が緩和されるわけではない。
バルカン諸国がセルビアへの通過飛行を拒否したことに反発したラブロフ外相は、「考えられないことだ」と不満を爆発させたが、近い将来、プーチン大統領も他のロシアの指導者たちも「考えられない事態」と対峙し、鬱憤を爆発させるケースが予想される。
主権国家・ウクライナへの軍事侵攻は国際社会では絶対に容認されないこと、ロシア軍の民間人殺害は戦争犯罪であること、食糧輸出封鎖はテロ行為であること、それらの事実を冷静に理解し、モスクワが政策を変えない限り、ロシアは今後、世界から益々孤立化し、国民経済が厳しくなる近未来の到来を覚悟しなければならない。
蛇足だが、中国の習近平国家主席が昨年5月31日、共産党中央政治局の会議に出席し、「世界から信頼され、愛され、尊敬される中国のイメージを作りあげなければならない」といった趣旨の内容を語ったことがある。習近平氏は中国共産党政権が世界から不信の目でみられ、嫌われていることに気が付いた結果、飛び出した発言だ。このコラム欄で「習近平主席『中国は愛されていない』」(2021年6月13日参考)書いたが、プーチン大統領は「ロシアは愛されていない」と気が付くことがあるだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。