古い知識・基準・経験で評価をしていてもこの国は変わらない

Efferocytosisを標的とした創薬

Nature Reviews Drug Discoveryの6月号に「Drugging the efferocytosis process: concepts and opportunities」というタイトルの論文が掲載されている。よく次々と考えつくものだと感心する。

病名は同じでも、いろいろなプロセスを経て、同じような症状や検査結果を引き起こすことは、今では常識だ。

糖尿病といっても、(1)急激にインスリンが作れなくなるI型糖尿病は遺伝的な要因で、すい臓のベータ細胞というインスリンを作る細胞に対する免疫反応が起こって細胞が破壊されるタイプ(インスリン注射が絶対的に必要となる)、(2)インスリンの分泌が低下するタイプ、(3)インスリンに対する反応性が低下するタイプなど血糖値が上がる原因は様々だ。(3)のタイプも複雑で、いろいろな分子が関わっており、専門外の私にはすでに複雑怪奇としか言いようがない。

そして、Efferocytosisの異常が自己免疫疾患、糖尿病、動脈硬化にも関わるそうだ。

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「Efferocytosis」といっても、私を含めて多くの人にはチンプンカンプンだ。NHKの朝ドラで「ちむどんどん」という似たようなタイトルの番組が放送されているようだが、これも私にはチンプンカンプンだ。

Efferocytosisというのは、体内で死んだ細胞を処理するプロセスのことだ。われわれの体では毎日数十億個の細胞が死んでいるという。この数十億という数をどのように算出したのかいつも謎に思うのだが、偉い人が算出したのだから間違いないだろう。

しかし、かつて、私の東大の職場仲間が皇族の方に「ゲノムは30億塩基からできており、その解読を行っている」と説明されたときに、「今、解析中なのに30億塩基であることが、どうしてわかったのですか」と質問され、返答に窮して、汗が流れてきたと言っていたことを思い出した。

私も、人の体が30~60兆個の細胞からできていると言っているが、根拠を聞かれると冷や汗がでそうだ。学者や教授と名の付く人が、億とか、兆とか、大きな数字を告げると周りは何となく信じてしまうものだ。

話を戻すと、死んだ細胞は貪食(どんしょく)細胞によって食べられ処理される。死んだ細胞は細胞膜に特徴的な変化を起こすが、貪食細胞は死んだ細胞の匂い(分泌される分子)を嗅ぎつけ、表面の特徴を見極めて丸呑みするようにして食べ、そして、細胞の中で死んだ細胞を処理するのだ。不思議というか、神秘的な世界がそこにはある。

これが正常に働かないと、炎症を起こしたり、動脈硬化につながり、糖尿病にも関係するそうだ。このプロセスをターゲットとした薬剤開発が進んでいる。多くの臨床試験が論文の中で紹介されていた。この論文にあるように可能性のあるものに賭けてみることからイノベーションは生まれる。古い知識、古い基準、古びた過去の経験で評価していても、イノベーションは生まれない。

コロナウイルスmRNAワクチンで、権威と呼ばれている人たちの知識の欠如を思い知ったはずだが、この国は何も変わらない。10年後にこの世にいるかどうかわからないわれわれは消え去るのみだが、若い人のチャレンジを支援できる体制を構築して欲しい。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。