エネルギー価格高騰にいちばん強い先進国は日本

こんにちは。

いよいよ、アメリカ金融市場が総崩れの様相を呈しはじめました。

景気が良くて需要に供給が追いつかずに物価が上がるというかたちのインフレではなく、景気はちっとも良くないのに物価が上がる、1970年代半ばから80年代初頭にかけてのような状態になっています。

こういう経済状態のことを、スタグネーション(停滞)とインフレを合体させたスタグフレーション(経済停滞下のインフレ)ということばで表現します。

Kazzpix/iStock

トランプ時代は低迷していたエネルギー価格が持続的に上昇

1981年以来じつに41年ぶりに、消費者物価指数が前年同月比で8.6%も上昇しています。

まず確認しておかなければならないのは、今回のスタグフレーションを招いたのは、ジョー・バイデンが大統領に就任してからの化石燃料全廃政策だという事実です。

大統領に就任した2009年初めにはデフレで、2期8年を務めてトランプに政権を譲り渡した2017年初めにはなんとか1%台のインフレに戻した程度だったオバマは、ディスインフレ型の大統領だったと言えるでしょう。

次のトランプ時代には、ほぼ安定して2%前後のインフレ率で推移していました。ですが、その任期後半の2019~20年には、エネルギー価格だけを抜き出してみれば下落していた時期が長かったのです。

民主党政権がほぼ一貫して世界経済フォーラムなどが提唱する化石燃料全廃を目指していたのに対して、トランプはアメリカの有力地場産業でもある石油・石炭・天然ガス業界を擁護するスタンスを明白にしていました。

ですから、そのトランプ政権下でエネルギー価格の上昇率が下がり、やがて下落に転じたのは奇妙な感じがします。

ところが、当時のエネルギー産業の実態をふり返ると、これは少しも不思議ではなかったのです。

世界経済がやっと2007~09年の国際金融危機から脱却した2010~12年ごろ、アメリカのエネルギー業界はシェールオイルやシェールガスの新規採掘とか、深海油田の探査・商業化とか巨額投資を必要としながら、あまり安定供給はできないプロジェクトを多数手がけていました

こうしたプロジェクトに投下した資金を少しでも回収するために、たとえ営業赤字になっても変動費がまかなえるかぎり積極的に増産する企業が多く、供給過剰で価格が低下していたのです。

というわけで、エネルギー業界にとって、二酸化炭素排出量のネットゼロ化を掲げるパリ協定に戻り、化石燃料供給の削減を提唱したバイデン政権の誕生は、大歓迎すべき事態でした。

堂々と業界挙げて減産による需給のタイト化を目指しても、褒められることはあっても「値上げ狙いのカルテルによる供給削減だ」などと批判されることがなかったからです。

そして、アメリカの消費者物価指数全体としても、エネルギー価格が値下がりから値上がりに転ずるにつれて、2%未満の低インフレから3~4%台の高インフレへと変わっていきました。

今ごろになってバイデン大統領は「ロシア軍のウクライナ侵攻が招いた戦時インフレだ」などと言い訳をしていますが、まったくそうではないことは、次のグラフからも明白に読み取れます。

バイデン政権は、新規の油田、ガス田の開発を凍結させたり、完成間近だったカナダからアメリカへのパイプライン建設プロジェクトを廃止に追いこんだりしました。

ところが、その化石燃料に取って代わるはずだった太陽光発電や風力発電は、天候次第でまったく当てにならず、カリフォルニア州やテキサス州などの「再生可能エネルギー源」への転換を積極的に進めてきた州ほどエネルギー不足が深刻になっています。

とくに、実用に堪える公共交通機関はニューヨーク市にしかないと言っても過言ではないアメリカで、通勤手段として欠かせない自動車を動かすためのガソリン価格が急騰していることは、大きな社会不安につながりかねない重大な問題です。

時給で買えるガソリンが8ガロンを割りこむと移動が困難に

まず、ガソリンが実質価格でガロン当たり3ドルを超えると、世界的に経済危機や政情不安が勃発しやすくなるという経験則があります。

2000~02年のハイテクバブル崩壊は、金融市場にとっては非常に大きな衝撃でした。

しかし、アメリカ社会全体にとっては比較的軽微な影響しか及ぼさなかったのは、ガソリン代がガロン当たり1ドル台半ばにとどまっていたので、国民の大半にとって移動の自由にはあまり制約がなかったからだと言われています。

逆に、サブプライムローンバブル崩壊は、原油価格もガソリン代も急上昇している時期に起きたので、社会的影響が非常に大きかったわけです。

また、2010~14年の景気回復が「実感なき回復」と呼ばれているのも、ガソリン代が高かったので、庶民にとって移動の自由が制約されていたため、景気回復の速かった地域への人口移動もあまり顕著でなかったという背景があるようです。

さらに、アメリカ国民が平均時給で買えるガソリンの量が8ガロンを割りこむと、社会不安が高まるとも言われています。

比較的最近の事例では、2007~08年もこの条件に当てはまリます。それだけではなく、2010年のアラブの春に始まり、2014年に選挙で選ばれたウクライナのヤヌコーヴィッチ政権がCIAの援助を受けたネオナチ勢力によって転覆された事件まで、時給ではガソリンを8ガロン以上買えない時期に起きていました

こうして見てくると、2010~14年の世界的な政情不安も、今年のロシア軍によるウクライナ侵攻も、ほんとうに現地の政治勢力主導で起きたことなのか、アメリカの政権担当者が国内に鬱積する不満を外交・軍事政策でそらすためにやっていたことではないのかという疑問も生じます。

いったいなぜ、アメリカではガソリン代が高くなると社会不安が生ずるのでしょうか。

アメリカではガソリン代が高いと社会不安が生ずるわけ

これはもう単純明快に、アメリカ国民の大多数がクルマを動かさなければ自由に動き回れない生活をしているからです。

次の消費者物価指数の要因分解をご覧ください。

アメリカの消費者物価指数を算出するためのさまざまなモノやサービスの価格は、食料・飲料からその他製品・サービスまでの8大部門にまとめられています。

ただ、その中でエネルギーは、まるごとひとつの部門に入っているわけではありません。

ガソリン、ディーゼル油などの自動車を動かすための燃料は交通運輸部門に、そして家庭の光熱費は住宅部門に入っているなど、いくつかの部門に分散しています。

全体としてエネルギーは個人世帯消費支出の7.35%近い大きなシェアを占め、その中で自動車用燃料だけでも3.8%と、エネルギー全体の約52%になります。

また、エネルギー価格は8大部門のどれよりも激しい乱高下を示し、8大部門の中では自動車用燃料の入っている交通運輸がもっとも振幅の大きな価格推移を見せています。

アメリカで生きていくかぎり自動車用燃料は必需品でありながら、価格が大きく変動するため、とくに急上昇した場合には賃金給与所得のうちでガソリン代に割かなければならない分が激増し、家計全体を逼迫させるのです。

家計への負担が大きいだけではなく、国民経済全体の効率性という点でもアメリカ社会のクルマ依存度の高さは大きな障害となっています。

米国経済のエネルギー効率は日欧の約半分程度

アメリカでもGDPを1ドル生み出すのに必要なエネルギー量は、1970年から2021年までのあいだに約4割に下がっています。それだけ、エネルギー効率は改善しているわけです。

ただ、半世紀でこれだけのエネルギー節減に成功したのは、出発点である1970年の時点であまりにもエネルギー効率が悪かったからだとも言えます。

次のグラフでおわかりいただけるように日欧諸国は、初めからもっと少ないエネルギー消費量でGDP1ドルを生み出していましたし、同じ期間でさらに省エネ化を進め、アメリカに対するリードを保っています

新興国や発展途上国では、GDP1ドルを生み出すために必要なエネルギー消費量があまり減らなかったり、逆に増えてしまったりする国もあります。

現代経済において、先進国とは同じ水準のGDPを生み出すために必要なエネルギー消費量を持続的に削減できる国のことだとも言えるのではないでしょうか。

2度のオイルショックがあった1970年代にはGDP1ドルに必要なエネルギー量が増えてしまった韓国は、やっと1980年代になって先進国の仲間入りを果たしたのだろうと思われます。

また、アメリカはエネルギー効率で見るかぎり先進諸国の最後尾になんとかついて行っているというのが実情です。

逆に日本は20世紀後半を通じて、エネルギー効率では世界一の国でした。

21世紀に入ってからは、イギリスがエネルギー効率世界一になりました。

ですが、イギリスのエネルギー効率向上は「サッチャー革命」によって製造業をほぼ根こそぎ諸外国に任せ、金融業というあまりエネルギー資源を消費する必要のない産業分野に特化するという、大きなリスク要因を抱えこむかたちで達成されたのです。

これからそうとう長期にわたって金融業が経済全体に占める地位が低下すると予想されるだけに、イギリス型の省エネ経済がどう慢性的な金融不況に対応するのか、興味深いところです。

日本は全量輸入依存だからエネルギー値上げに弱い?

最近になって円がドルだけではなく、世界中のほとんどの通貨に対して割安になっていることが話題になっています。

「今後も円安は進み、日本経済の崩壊につながる。だから、自分の資産を守りたければ円を売り、外国通貨を買って海外に資産を逃避させなさい」とお勧めになる方もいらっしゃるようです。

こうした主張の根拠としては、ふたつあるようです。

ひとつは、「エネルギー資源をほぼ全量輸入している日本は、部分的にもせよ国内でエネルギー資源を採掘できる国に比べて、エネルギー価格高騰に弱い」ということです。

もうひとつは、「各国の国債を見ると、日本国債は世界中でいちばん利回りが低い。投資家が運用する資金は高い利回りを求めて円・日本国債を売り、諸外国の通貨・国債を買う。だから、円や日本国債はまだまだ下がる」ということです。

まず、エネルギー資源を輸入に全面依存しているからエネルギー価格上昇に弱いという議論は、一見正しそうに思えます。

実際に、輸入品物価は国内産のモノやサービスの価格に比べて、非常に大幅に値上がりしています。とくに輸入化石燃料はすさまじい勢いで値上がりしています。


ですが、消費者物価一般を見ても、輸入エネルギー資源と密接に関係した分野の物価を見ても、日本は先進諸国の中でいちばん値上がり率を小幅に抑えられているのです。

なぜそんなことができるのかというと、最大のポイントは個人世帯消費支出に占めるエネルギーの比重が4.7%と、アメリカの7.35%に比べてはるかに低いことです。

ですから輸入原油の価格が上がっても、日本の個人世帯がその値上がりから受ける影響は小さくなります

また、比重が低いものほど代わりになるものを見つけやすいということもあります。

アメリカのほとんどの世帯は、どんなにガソリン代が上がってもクルマ通勤を公共交通機関に切り替えることなどできないところに住んでいます。

日本なら、大都市圏や地方中心都市に住んでいれば、こうした切り替えがかんたんにできるので、燃料を売る側もあまり強気にコスト増を販売価格上昇に転嫁できません

結論として、エネルギー価格上昇に弱いのは全量輸入しているけれども、効率的にエネルギーを使えている日本ではなく、クルマとガソリンなしでは日常生活が維持できないアメリカなのです。

国債利回りが低いから、円はどんどん安くなる?

もうひとつの「国債利回りが低いから、円は日本国債とともに売られ続け、とめどもなく安くなる」というにいたっては、金融市場の節穴からしか世界経済を見渡すことができない金融業界人の思考の落とし穴と言うべき議論です。

たしかに債券市場での資金の流出入だけを見ていれば、国債利回りの低いところから高いところへと資金は流れていくでしょう。

ですが、世界経済は金融業だけで成り立っているわけではありません

アメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会のパウエル議長が、史上空前の低金利でも銀行業界が預金の融資先に困っている状況の中で、アメリカ経済崩壊のリスクを冒して利上げに踏み切ったのは、インフレ率が急上昇しているからです。

インフレとは、貨幣価値が目減りすることです。

高すぎるインフレ率を下げるために、大冒険で金利を上げざるを得ない国の通貨が高くなりインフレ率がゼロ近辺でほとんど貨幣価値が下がっていない国の通貨が安くなると言うのは、石が浮かんで木が沈むように不自然なことです。

これまでも、経済危機の初期には金融業界人の条件反射のような動きでドル高になり、やがて米国経済の脆弱さが暴露されるにつれて、ドルは上がったとき以上の大幅な下げを演ずるパターンがくり返されてきました

今回もまったく同様の動きなるでしょう。

最後のグラフをご覧ください。

量的緩和などという小手先の目眩ましは影もかたちもなかった頃から、日本は一般的に金利が低い先進諸国でも最低水準の金利で推移してきた国なのです。

なぜかと言えば、1980年代末の1~2年をのぞけば、高度成長期以降の日本の民間部門は、家計も企業も誠実に債務ギアリングを下げつづけてきたまじめな国であり、それが世界の信認を得ているからです。

政府や中央銀行がどんな財政・金融政策をとるかは、どうせとんちんかんな方向に経済を引きずり回そうとしてうまく行かないだけとわかっていますから、よほど破滅的なことをやらないかぎりほとんど国債金利の信認には影響を及ぼしません

現日銀総裁、黒田東彦氏はその破滅的なことをやりそうなのが、ちょっと不安ですが、まあそこまで行かないうちにお役御免になるでしょう。

そうすれば、自然体の低インフレ率、自然体の低金利という収まるべきところに収まるはずです。

世界中のほとんどの国が破滅の深淵をのぞきこむとき、日本だけは限りなくゼロに近い低金利・低利益率・低インフレというアダム・スミスの思い描いた理想の国民経済に向かって、歩幅は狭くても堅実な歩みを続けることでしょう。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年6月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。