出世とは、企業組織の階層を一つ一つ登っていくことであり、究極的には頂点の社長になることだが、社長とは、単に出世街道の終点であり、出世の最終目的地だから、出世の目的は出世となる。出世至上主義は不条理なのである。
人は、不条理を回避するために、目的のないところに意味を創造した。そして、職位が上がることに大きな喜びを見出し、企業内での自分の地位を確認することに満足し、肩書が立派になることに自己の成長を実感し、そこに働きがいを得たのである。
企業経営のあり方は大変貌を遂げたが、現在でも、経営者の選抜のあり方については、出世競争の最終勝利者という位置づけに変化はない。出世至上主義は、今でも名残以上の力をもっている。
出世至上主義は、企業の内部だけで通用する固有の価値観を醸成する。昔は、それが企業の個性として差別優位の形成につながった面を否定できないが、現在では、企業固有の価値観が支配的になり、その価値観のもとで経営者が選抜されるとき、企業として、劇的に変化する経営環境に対応していく能力を養い難いことは明らかである。
また、企業の内部価値の優越は、顧客不在の経営につながりやすいことも明らかだし、極端な場合には、社内の論理が法令等に優越する事態にもなり得て、深刻な社会問題を引き起こす。そして、実際に現在の日本においては、こうした問題は現実のものである。
故に、働き方改革である。働き方改革は、各人が多様な価値観のもとで働くことに帰着するわけで、まさに出世至上主義を確定的に終焉させることでなければならない。そもそも、出世至上主義は、企業という組織が先にあって、そこに個人を埋没させることによって機能するものだから、本質的に組織の自己変革力を欠いている。
故に、働き方改革は、その組織の弊害を破壊するものとして、個人が先にあって、個人の集合が組織を作るという原点への回帰を目指すことでなければならないのであって、個人が中心となり、個人が組織を造り替えていくなかでは、組織は、社会変動の原因であり同時に結果となって、常に社会構造に対して適合的なものに変化し続けていくことができるのである。
他人からの評価で高まる自己意識が出世の本質であって、この出世の本質は働き方改革においても変わりようがなく、働き方改革は、社会のなかでの自分を確立させ、その立場で企業等の活動に参画することにより、社会のなかにおける自分を成長させていくことであって、成長を図る指標としての他人からの評価は不可欠なのである。
現在の高度情報化社会においては、狭い企業のなかでしか可能でなかった情報の流通を世界規模で簡単に実現できるわけで、働き方改革と情報化は不可分離の関係にあるのである。
森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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