医療従事者への4回目接種が決まりました。4回目接種では、感染予防効果はあまり期待できないため、今後は重症化予防効果を目的としてコロナワクチン接種を実施すると決まったはずです。
医療従事者の接種の主たる目的は、本人が感染した場合の患者や施設入居者への感染拡大防止、医療従事者の間での感染拡大防止です。院内クラスターが発生すると、十分な医療を提供できなくなり、医療逼迫の原因となります。これらの目的のためには、感染予防効果が高いことが必須条件です。そのため、なぜ今、方針を転換しようとするのか理解に苦しみます。
4回目接種では、感染予防効果が期待できない根拠として、厚労省のWebサイトで論文が紹介されています。 そして、日本語で簡単な説明がなされています。問題は、その説明が正確さを欠いており、誤解を招きやすいということです。
一番の問題点は、「紹介された論文では、感染予防効果が調べられていない」という事実です。
何かとんでもない主張に聞こえるかもしれませんが、原著を読んでみれば自明です。私が、そのように考える根拠を順を追って説明してみます。
紹介されている論文は次の6つです。
- N Engl J Med 2022; 386:1712-1720:感染予防効果、重症化予防効果
- N Engl J Med 2022; 386:1603-1614:感染予防効果、発症予防効果、入院予防効果、重症化予防効果、死亡予防効果
- Nature Medicine:死亡予防効果、入院予防効果
- preprint:感染予防効果、入院及び死亡予防効果
- N Engl J Med 2022; 386:1377-1380:感染予防効果、発症予防効果
- NEJM correspondence:副反応
論文3と6は感染予防効果を扱っていないので除外します。論文4は感染予防効果を扱っていますが、研究手法が診断陰性例コントロール試験dなのでこれも除外します。以前にも指摘しましたが、診断陰性例コントロール試験では感染予防効果を算出することはできません。したがって、1と2と5の論文が、感染予防効果の論文です。
感染予防効果は次の式で計算します。
感染予防効果(有効率)=1-接種群の感染率÷未接種群の感染率
感染予防効果を算出するには、未接種群の感染率を調べることが必須です。ところが、前述の3つの論文では、未接種群の感染率を調べていません。したがって、前述の論文では、「感染予防効果が調べられていない」という結論になるわけです。
では論文でいったい何を調べているのかと言いますと、未接種群の感染率の代わりに3回目接種群の感染率を調べているのです。式で表すと次のようになります。該当する用語が存在しないため、「疑似・感染予防効果」と命名しておきます。
疑似・感染予防効果(有効率)=1-4回目接種群の感染率÷3回目接種群の感染率
論文1の著者は、[result]で「effectiveness」という用語を使用していません。つまり、この著者には「感染予防効果の論文ではない」という自覚があったと推測されます。感染予防効果を算出する一つ手前の数値を用いて議論を展開しています。ところが、厚労省の解説では、一つ手前の数値より感染予防効果をかってに算出し、表示しています。確かに分かりやすくはなりますが、誤解が生じやすくもなっています。このような場合は、正しい意味の感染予防効果でないことを明示しておく必要があります。
一方、論文2と5の著者は、「effectiveness」「efficacy」という用語を使用し、感染予防効果を計算しています。その結果、感染予防効果の論文であるような間違った印象を読者に与えています。
実は、厚労省のQ&Aを記述した担当者は、論文2の印象操作に見事に引っかかっているのです。
《 新型コロナワクチンQ&A 》
ファイザー社のワクチンは、オミクロン株流行下において、 3回目接種と比較した4回目接種の感染予防効果は、60歳以上の者において短期間しか持続しなかった。(※論文1)
・・・中略
接種後30日間で、感染予防効果が45%、発症予防効果が55%、入院予防効果が68%、・・・(※論文2)
論文2も、論文1と同様に、3回目接種と4回目接種の比較です。論文2の方を感染予防効果が算出できているかのように説明するのは不適切です。論文の内容をしっかり理解せずに説明文を書くと、このようなミスが生じます。国民の多くは、厚労省のWebサイトの情報を無条件で信じてしまいます。論文の真意が理解できない人が、国民向けの解説を書くべきではありません。
以上で、厚労省への批判は終わりです。ここからは論文で報告された疑似・感染予防効果の数値を見ていくことにします。数値を表にして、まとめてみました。 論文1の疑似・感染予防効果は、厚労省が計算した数値を使用しています。
論文1の第2コントロール群は、4回目接種3~7日後の人の群です。 接種3~7日後であれば、まだワクチンの効果はでていないので、コントロール群にすることが可能と考えたわけです。
論文1の第2コントロール群では接種より50~56日後で0%となっていますが、これは感染予防効果がゼロであることを示しているわけではありません。数値ゼロは、4回目接種の「真の感染予防効果」が3回目接種のそれと等しくなったことを示しています。具体的に言いますと、3回目接種の感染予防効果が15%であれば、4回目接種の「真の感染予防効果」も15%ということです。
4回目接種の「疑似・感染予防効果」は、3回目接種の感染予防効果により変動します。3回目接種の感染予防効果は、接種からの日数により変動します。つまり、「疑似・感染予防効果」は、データ取得時期で変動してしまうという問題点があります。
4回目接種の疑似・感染予防効果(有効率)、3回目接種の感染予防効果(有効率)、未接種群の感染率の関係は数式を用いて表すことが可能です。表にして、まとめてみました。
上記の式を用いて、4回目接種の真の感染予防効果を推定してみます。論文1の3回目接種群は、接種後4か月以降の人が対象でした。イギリスのサーベイランスレポートにおいて3回目の発症予防効果は、ファイザーでは、接種後15~19週において30~38%、接種後20週以降で7~20%、モデルナでは、接種後15~19週において51~59%でした。感染予防効果は発症予防効果より低いと推測されます。以上より、3回目接種の感染予防効果を15%と想定して計算してみました。
計算結果を表にまとめました。
4回目接種群の真の感染予防効果の推定値としては、接種1か月後で24~58%、接種2か月後で15~23%となります。実際の3回目接種の感染予防効果は15%より低い可能性もあり、その場合の推定値は更に低くなります。たとえば、3回目接種の感染予防効果を5%としますと、接種1か月後で15~53%、接種2か月後で5~14%まで低下します。
更に注意すべきことは、これらの論文はオミクロン株BA.1~BA.2に対する疑似・感染予防効果の論文ということです。現在拡大中のBA.5はBA.1~BA.2より免疫回避する能力が高いとされています。したがって、BA.5の感染予防効果は、論文の数値より更に低いと推定されます。
医療従事者の場合、ベネフィットとしての感染予防効果はあまり期待できません。リスクとしては、20代~30代では心筋炎、因果関係は確定していないが様々な重篤な有害事象、長期的副反応が現時点では不明であること、接種6か月以降に感染予防効果がマイナスとなる可能性(立証されてはいない)などがあります。重症化リスクの低い60歳未満では、ベネフィットがリスクを上回っているとは、私にはとても思えません。
感染予防効果が短期間でも50%程度あれば4回目を接種するべきだと主張する専門家もいます。医療逼迫が報道され始めた現時点では、それも一つの考え方です。私は、接種を希望する人に接種するなと言うつもりはありません。ただし、接種しない自由は守られるべきと考えます。医師の場合は、立場が強いので、4回目接種を拒否できるかもしれません。努力義務はないようですが、医師以外の医療従事者の場合には、実質的に強制となってしまうことを、私は危惧しています。