こんにちは。
日本の知識人と呼ばれる人たちや、金融業界のあいだではいまだにアメリカ信仰は根強いものがあります。
そして、これだけ政治・経済・社会のいたるところからボロが噴出してきても、大幅に下げてきた株価がちょっと戻したりすると「やはりアメリカ経済が堅調な証拠だ」と唱える人が大勢いらっしゃいます。
そこで今日は、アメリカの一般消費者たちがいかにみじめな暮らしをしているかに焦点を当てて、アメリカ経済の現状をご説明したいと思います。
今も生きている30年代大不況時の巨大看板
大不況まっただ中の1937年に、オハイオ川が氾濫し流域の大洪水で大勢の住民が着の身着のままの避難所暮らしを余儀なくされたことがありました。
その頃、避難所生活をしていた人たちが無料の食糧配給を待つ行列の背景に、たまたま「アメリカ的生活の豊かさ」を礼賛する大看板があって、皮肉な構図を捉えた有名な写真があります。
どうしても理想化された白人家庭の豊かさの画像と現実との痛烈な対照に眼が行って、前に行列をつくっている人たちの姿まではあまり注意深くご覧にならない方が多いでしょう。
ですが、よく見るとラテン系? アジア系?という人もちらほら見かけますが、ほとんど全員黒人です。
そして、左端からふたり目のたったひとりの典型的な白人少年は、おそらく黒人に交じって無料配布の食糧をもらうのが恥ずかしい親に送り出されたのでしょうが、精一杯おめかしをした服装です。
1930年代当時の典型的な白人世帯では、食べるのに困るほど切迫した経済状態でも、黒人たちと一緒にタダで食べものをもらうために並ぶことがそれだけ屈辱的だったということでしょう。
じつは、この典型的白人世帯と黒人・ラテン系世帯とのすさまじい生活水準格差は、現代でもあまり変わっていません。
所得中央値で言うと、黒人・ラテン系世帯は白人世帯の6~7割ぐらいですが、アメリカで白人世帯の6~7割ぐらいの所得しかないと、当座の生活費以外に将来のために貯蓄する余裕はほとんどありません。
だから、黒人・ラテン系世帯の純資産中央値は、いまだに白人世帯の10分の1程度なのです。
そしてWilliam Banzai 7という諷刺画専門のウェブサイトが、最近この写真の2020年代パロディ版を発表しました。
ハンドルがまん中に移動しているのはご愛敬ですが、迷走を続けるアメリカというクルマを運転しているのはバイデン大統領、その左で笑っているのがカマラ・ハリス副大統領、右で皮肉に口元を歪めているのがナンシー・ペロシ下院議長です。
中央でハンチングをかぶって立っている黒人男性のぶら下げている大きな買い物袋にアマゾンのロゴがはいっているのも、時代の移り変わりをうまく捉えているなと思います。
「まだアメリカ経済は好調」は認識不足
「いやいや、アメリカ経済はつい最近まで順調に拡大を続けていたいものが、ちょっとつまずきかけただけで、1930年代大不況と比較するのは大げさすぎる」とおっしゃる方も多いでしょう。
そうしたアメリカ強気派の方たちが決まって持ち出すのは、次の2枚組グラフ上段に出ているようなデータです。
しかし、2020年春の第一次コロナショックによる一過性の落ちこみのあと、ほぼ一貫して小売売上高の伸びが加速しているのは、政府が日本で言う補正予算を大盤振る舞いしたからであって、経済が強くなっているわけではありません。
この事実は、下段の個人総所得を本来の勤労所得と政府による所得移転に分解したグラフを見れば明らかです。
個人総所得は、2020年春、2021年春、2021年夏の3度の補正予算で急増しました。
でも政府による所得移転(生活保護費や失業手当などの割増)を差し引いた個人総所得は、一度としてコロナショック以前の傾向線まで回復することなく、横ばいから下降へと転換しようとしているのです。
インフレが個人実質所得をさらに押し下げる
そして、個人実質所得が急落する可能性が高いことは、この間消費者物価上昇率が年率10%近い水準まで加速していることからも明らかです。
第一次コロナショックの起きた2020年には年率6~8%という高水準に達していた実質賃金伸び率は、2021年以降下落に転じ、直近ではマイナス4%近い大幅な低下となっています。
それにつれて、一時は可処分所得の35%にまで達していた貯蓄率も直近では4.4%と、21世紀に入ってから個人世帯貯蓄率が慢性的に低迷する傾向の中でも、低いほうにサヤ寄せしています。
堅調な小売売上高を支えているのは?
勤労所得が実質ベースでマイナスに転ずるなかで、小売りが着実に伸びている理由はひとつしかありません。個人世帯が借金をして商品を買いつづけていることです。
ご覧のとおり、2020年9月以降個人世帯の総債務は増加(つまり新規借入額が返済額を上回る状態)が続いており、2022年に入ってから増加額も非常に高水準を維持しています。もっと気になるのは、最近の総債務の伸びを、クレジットカード分割払い分とその他の比較的長期の借り入れに分解すると、分割払い分の伸び方が大きいことです。
住宅ローン、自動車ローン、学費ローンのように長期にわたる元利返済を必要としない分だけ気軽に借りてしまうのでしょうが、与信チェックもほとんどしない反面、延滞時の金利は17~19%と懲罰的な高さになっています。
コロナショック後の消費の高まりで特徴的なのは、工業製品や農林水産物といったモノ消費が急激に伸び、逆にこれまで順調に伸びつづけてきたサービス消費が低迷を余儀なくされたことです。
耐久消費財は、金額で伸びても量は増えていない
たとえば、自動車や電子機器などの耐久財消費額は、次のとおりに急拡大しました。
上下を見比べていただくと、金額の伸びはほとんどインフレで吸い取られてしまって、実際に買ったものの量が増えたり、品質が向上したりしたわけではなさそうだとわかります。
新車・中古車・自動車部品売上高でこの推測が事実かどうかを確かめておきましょう。
上段を見ると、2020年春の一過性の落ちこみをのぞけば、2010年以来の伸び率が過去2年ほど加速しているように感じられます。
ところが、下段を見ると新車の販売台数は、ほとんどの月で100~140万台の水準を維持していて、はっきり上昇基調とも下降基調とも言えないことがわかります。
1台当たりの単価が上昇しつづけているわけですが、その原因は大ざっぱに言えば①SUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)の普及と、②EV(電気自動車)のシェア拡大です。
どちらも一般乗用車よりはるかに単価が高いのですが、品質が向上しているとは言いがたいのが、アメリカ経済そしてアメリカ社会のむずかしいところです。
①について言えば、SUVは関税上小型トラック扱いで約25%の高い関税に守られているので、技術的には日本車メーカーに絶対勝てないアメリカ車メーカーも、高くて利益率もいいクルマを売れるのが、アメリカであれほど普及した最大の要因です。
「それならふつうの乗用車を買えばいいじゃないか」とおっしゃる方も多いでしょう。ところが、ふたつの理由から、やっぱりアメリカ国民の多くがSUVを選びます。
ひとつには、アメリカは相変わらず自動車事故の多い国ですが、ガタイが大きくて頑丈なクルマに乗っているほど事故死の確率も、重傷を負う確率も低くなります。
もうひとつが切実でして、中年以降肥満、病的肥満が激増するアメリカ国民の多くが、乗用車では高級大型車でさえも車高の低さ、ドアの小ささのためにクルマに自分の体をねじ込むこと自体が苦痛なのです。
②については、「地球温暖化は人類の排出する二酸化炭素量が多すぎることが原因だ。だから、クルマも化石燃料をエンジン(内燃機関)で燃やすのではなく、完全電動にしなければならない」という使命感から、高くて重いEVを選んでいる人が徐々に増えたわけです。
この点は、非耐久財の中でも値上がり率が極端に高いガソリンについて論ずる、次の節でくわしく検討します。
非耐久財もまた、物価上昇に吸い取られる空虚な活況
まず、非耐久財全体としては、下の2枚組グラフのとおり総額で伸びています。
こちらもまた、2020年春の一過性の落ちこみのあとの売上高増加は、ほとんど物価上昇で吸い取られてしまって、消費者にとって買ったものの量が多くなったり、品質が良くなったりしているわけではありません。この事実を象徴しているのが、ガソリン代の暴騰でしょう。
上段のガソリンスタンド売上高の急上昇は、必ずしもガソリン代だけが増えていたわけではありません。
アメリカの地方で、コンビニだけでは業態として成り立たないほど人口密度の低い場所では、ガソリンスタンドが日常買回り品を置いてコンビニ的な役割を果たしていることが多いのです。
そして、現在のように少量のガソリンを超高額で売りさばけるときには、ガソリン売上の利益率が高いので、ほかの商品の値引き率を高めて地元商圏での市場シェアを拡大するガソリンスタンドが多いことも関係しています。
ですが、それはもちろん少量のガソリンを高値で売れるからこそ成立する販売戦略です。
そして、なぜガソリン代がこれだけ高いかと言えば、最大の理由は世界中のオイルメジャーなどエネルギー関連企業が、表面的には「温暖化防止のための化石燃料消費量削減」という方針を受け入れて、延々と設備投資や開発投資を縮小しつづけてきたからです。
エネルギー関連各社が、もしほんとうなら自社の存立にかかわる「地球温暖化=二酸化炭素元凶説」に少なくとも表面的には同意したふりをしています。
それは、エネルギーのプロとして太陽光や風力の実用性のなさを熟知していて、人為的に化石燃料の供給不足を起こせば高値で売れると確信しているからではないでしょうか。
欧米的な経歴を積んだ知識人ほど「化石燃料大幅削減・全廃」を鵜呑みにする人が多くて、東アジアの大衆のほとんどがこの風潮に冷淡なのは、やはりすでに欧米の時代が過ぎて、アジアの時代がやって来ることの予兆ではないかと思います。
アメリカ的生活の質は確実に落ちている
我々が青少年と呼ばれる年齢だった頃には、American Way of Life(アメリカ的な生き方)と言えば豊かさの象徴でした。しかし、現在アメリカ的生活の質は落ち続けています。
たとえば、ウォルマート、ターゲット、コストコといった価格本位の品選びをする客の多い一般スーパーは着実に売り上げを伸ばしていますが、デパートは21世紀に入ってから急坂を転げ落ちるように売上が下がっています。
つまり、たまにはちょっとセンスのいいもの、ちょっとしゃれたものを買いたいという消費者層が絶滅の危機に瀕しているのです。
もちろん、富裕層はブランドブティークなどに行くし、超富裕層になるとブランドブティークに自宅まで品物を持って来させて選ぶので、デパートには行きません。
それでは、すでにご紹介したガソリンとの併せ売りで利益を上げているガソリンスタンドをのぞいて、現代アメリカの小売業界で活気があるのはどんな業態でしょうか?
だれでも思いつくのは、eコマース(インターネット通販)を中心とする無店舗販売でしょう。
でも、この業態では最大手のアマゾンでさえ、ガソリン代がバカにならないのであまり買いものに行けないという世帯の多い地方などでは、中国メーカーの中でも二流、三流、あるいは無名のメーカーの粗悪品を高値で売りつけるようなあこぎな商売をしています。
最近急激に伸び率が鈍化し、横ばいに転じているのはこうした消費者の足を人質に取ったような悪辣な商法が反感を買っているからでしょう。
極小セクターながら、直近半年でいちばん伸び率が高かったのは、スペシャルティストア、たとえば画材専門店とか、家庭でビールを醸造するための器具を売っている店とか、マリファナおよびマリファナ関連商品の専門店です。
かつて強大だったアメリカの小売業界が、ガソリンスタンドとマリファナ専門店以外はめぼしい成長分野がないという惨状に陥っているわけです。
ほんとうにアメリカの消費者層の懐が温かければ、こんなことになるはずはないでしょう。
政官一体の妨害にもかかわらず伸びるサービス業
ただ、物販を離れてサービスを提供する分野に眼を転ずると、アメリカの消費者たちもまだまだ成長市場を形成していることがわかります。
まずご注目いただきたいのは、消費者向けサービス業全体の耐久財・非耐久財市場に比べた場合の売上規模の大きさです。
先進諸国はどこでも同じことですが、今や消費需要のうちでサービスが物販を大きく上回っています。
ですが、第一次コロナ騒動に際しては、欧米の多くの国で完全な都市封鎖によって、消費者による自由なサービス消費を妨げる政策がとられました。
コヴィッド-19という感染症は、不特定多数の人との短期的な接触でかんたんに空気感染するものではなさそうなことは当初からわかっていました。
それなのに、感染症対策としては無意味に近いロックダウンを強行する国が多かったのは、消費者を家に封じこめて、自由にサービス提供業者のところに行かせず、サービスに傾斜している消費需要を工業製品に取り戻すためだったのではないでしょうか。
とくにアメリカは贈収賄が合法化された国ですから、政治家も官僚も巨額のワイロをくれる業界になびきます。
そして、サービス業には巨額のワイロをくれる寡占大手が形成されているセクターがほとんどなく、製造業にはそうしたセクターが多いのです。
サービス業で寡占資本の形成が進んでいる例外的なセクターと言えば、金融と情報通信テクノロジーの2分野ぐらいのものでしょう。
一方、近代的な大規模機械化工場で生産活動をしている製造業の有力分野の大半が寡占構造になっています。
「ロックダウンで消費者を家に封じこれば、サービスを受けに行くことができないから、派手にばら撒いた所得移転の大半をたっぷりワイロをくれる製造業各社の製品に遣わざるを得ないだろう」というのが、ロックダウンを強行する国が多かった最大の理由でしょう。
具体的には食料飲料品販売に特化した小売業者と、レストラン・バーとの売上比較がこの推測の正しさを立証していると思います。
食料飲料品小売業は、一過性のトレンド線から上方への逸脱のあと、またトレンド線に戻っています。
一方、レストラン・バーはかなり長期にわたってトレンド線よりはるかに低い位置に低迷していましたが、直近ではトレンド線を上回るまでに回復と成長が進んでいます。
消費動向は、そうとう強引な政策で捻じ曲げようとしても、消費者自身の選択による趨勢を変えることはできないのでしょう。
気懸りな労働分配率の低下
それでもやはり、アメリカ経済全体の今後の展望となると、暗い印象しかありません。最大の理由は国民経済に占める金陵所得の取り分である労働分配率が長期的な低下傾向にあるだけではなく、その変化に加速度がついていることです。
第二次世界大戦直後の1947年から現在までの労働分配率の低下のうち、約4分の3は21世紀に入ってから起きています。
これだけ顕著な労働分配率の低下をもたらした最大の要因は、どうやら単純な会計上の決めごとのように見える減価償却費の計上ルールにありそうです。
いったん購入した設備装置については、取得時の価格でバランスシートに記載し、そこから先は毎年低額法か定率法で減価償却分を引いていくのが、当然の会計慣行になっています。
ですが、慢性インフレの起きている欧米先進国のほとんどで、その結果既存の設備装置が実質価値よりはるかに少額の価値しか持たないように過小表記されることになります。
その結果、投下資本利益率は人為的に高めに評価されて、株価を高める役割を果たすとともに、企業全体の付加価値のうち本来労賃になるべき分が設備装置の減耗分として、じつは資本の取り分、隠れ財産にされてしまうという事態も起きているのです。
この重大なポイントを素通りして、どのセクターが資本分配率上昇に貢献していたかばかり論じるマッキンゼーのレポートは明らかに本末転倒です。
しかし、経営コンサルと公認会計士の仕事は密接不可分ですから、そのへんはあまりつつきたくないという職業的な「配慮」も影響しているのでしょう。
勤労者は知っている
ただ、会計操作でどんな小細工をしようと、勤労者の取り分が年々、しかもかなり大きく削減されていることを、アメリカの勤労者は知っています。
最近、アメリカで労働力参加率が急激に減少していることが話題になっています。
労働力参加率とは、就業中と、失業しているけれども次の仕事を探している人の人数を、労働力年齢の総人口で割った比率のことです。
第二次世界大戦後のアメリカの労働力参加率は、以下のとおりでした。
アメリカの労働力参加率が低下している原因については、いろいろな説があります。勤労倫理あるいは勤労意欲が低下しているという説もあり、失業給付その他の社会保障が充実しているので失業しても慌てて次の仕事を探す必要がなくなったという説もあります。ですが、労働分配率が急低下しはじめたと同時に労働力参加率が低下に転じたのは、まったくの偶然ではありえないことを考えれば、正解は明らかでしょう。一生懸命働いても、取り分を資本に巻き上げられてしまうことが多くなったから、労働参加率は下がり続きてきたのです。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年7月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。