テロに「意味」を与えるマスコミはテロリストの共犯者

池田 信夫

安倍元首相の殺害事件は、本筋と無関係な統一教会(世界平和統一家庭連合)の霊感商法の話になり、自民党の政治家が統一教会に支援されていることが問題になっている。ここでは次の三つの問題が混同されている。

  1. 安倍元首相の暗殺
  2. 統一教会の違法行為
  3. 政治家と宗教の関係

今回の問題は1であり、2は無関係である。安倍氏を殺害した山上徹也が「統一教会が母親に多額の献金をさせて家庭が崩壊した」と供述したことは事実らしいが、それは彼の家庭の私的な問題であり、殺人の理由にはならない。安倍氏と統一教会を関連づけること自体が、犯人の思う壺なのだ。

統一教会たたきは犯人の「思う壺」

山上は安倍氏を殺せば、教会に注目が集まってマスコミの攻撃が始まると思ったようだが、マスコミはそのねらい通り統一教会たたきを始め、内閣改造にまで影響を与えている。

これが犯人の思う壺だという批判には、郷原信郎氏も「犯人の意図するとおりの結果になった」ことは認め、「正当化しているわけではない」と苦しい弁解をしているが、正当化する必要はない。統一教会に報復して世の中を騒がせることが山上の目的であり、郷原氏や紀藤氏は犯人の目的を(期待以上に)実現しているのだ。

3は本件とはまったく無関係である。犯人が統一教会という名前を出したので、昔それを取材したジャーナリストが、古い話を蒸し返しているだけだ。安倍派と統一教会の関係が深いことはよく知られているが、それ自体は問題ではない。公明党と創価学会の関係と同じである。

モリカケと同じフェイク・スキャンダル

問題は統一教会が霊感商法などの違法行為を行ったことで、2005年から2010年までに13件の刑事事件を起こしている。これに政治家が関与したのなら批判されてしかるべきだが、いま出ている話は、安倍氏のビデオメッセージのような「おつきあい」の範囲である。

他の政治家も選挙を応援してもらったとか、イベントに祝電を打ったという程度で、統一教会に限った話ではない。統一教会の信者は6万人程度で、政策に影響を与える力もない。過去に事件を起こした宗教団体と政治家のつきあいは好ましくないが、違法性はなく、閣僚人事を変えるほどの話ではない。

野党もこれを受けて合同ヒアリングをやっているが、野党にも統一教会の支援を受けた議員がいる。これはその程度の話で、今まで誰も問題にしなかった。これは森友学園や加計学園と同じく中身のない「フェイク・スキャンダル」なのだ。

テロリストに同情すると模倣犯が出てくる

それより重要な懸念は、このようにマスコミがテロを容認すると、模倣犯が出てくることだ。『Voice』9月号に歴史学者の小山俊樹氏(帝京大教授)が「卑劣な暴力に「意味」を与えてはならない」という記事を書いている。

1932年に起こった五・一五事件で青年将校が犬養毅首相を暗殺したが、マスコミは「至情」にもとづく行動として美化し、「悪いのは腐敗した政党政治だ」という世論が高まって、100万人以上の助命嘆願が集まった。その結果、死刑になった者はなく、これが1936年の二・二六事件を誘発した(首謀者がそう書いている)。

これから同じようなテロの連鎖が起こる可能性がある。すでに山上への同情論が高まり、減刑嘆願の署名運動に5700人以上が署名している。知事や市長などに脅迫状も届いている。

山上徹也の減刑を求める署名(Change.org)

1930年代の事件からいえるのは、小山氏もいうようにテロに意味を与えてはならないということだ。テロリストの目的は民主的な手続きでできない影響を政治に与えることだから、統一教会たたきを続けるマスコミは、山上の意図を実現して日本社会を混乱させるテロリストの共犯者である。