チェイニーの予備選敗北とFBIのマーアラゴ BREAK-IN

筆者はこの6月、19年の米大統領選挙に係る彼我のプロパガンダ合戦に纏わる拙稿「米中間選挙の前哨戦:『2000-mules』と『J6公聴会』」の末尾で以下の様に書いた。

果たして「2000-mules」と「J6公聴会」のどちらが、11月の結果により大きな影響を与えるのだろうか。が、その前の8月16日には、ワイオミング州の選挙区でリズ・チェイニー自身がトランプの刺客ハリエット・ヘイグマンと戦う予備選がある。全米の注目必至だ。

そして16日、チェイニーはダブルスコアで大敗した。20年の予備選では73%の支持を与えて3度目の下院に送ったワイオミング、父ディック(ブッシュ父政権の副大統領)ご当地の共和党員がこうも翻意したのは、彼女が昨年1月のトランプ弾劾で賛成票を投じ、この6月からの「J6公聴会」を副委員長として主導したからに他なるまい。

リズ・チェイニー米国下院議 同議員Twitterより 米国会議事堂 drnadig/iStock

トランプ陣営がチェイニーを追い落とすための候補者選びを如何に周到に進めたかを報じた16日の「Politico」に拠れば、それは昨年1月13日に下院で行われたトランプ弾劾投票で共和党議員10人が賛成票を投じた直後から始められた。

陣営が吟味した候補者はヘイグマンの他にも、州上院議員のアンソニー・ブシャール、地元の弁護士や州の下院議員らがいた。が、ブシャールは出馬表明後、18歳の時の少女に対する淫行が暴露され脱落、他の候補もトランプとの面談でお眼鏡に適わなかった。

こうしてヘイグマン(共和党全国委員会員で18年の知事選に出馬し落選した弁護士)に白羽の矢が立った。彼女は21年5月、トランプのキャンペーン関係者と会い、7月にはトランプの元ホワイトハウス首席補佐官マーク・メドウズと面談した。終えてメドウズはトランプに彼女に会うよう電話した。

翌8月、ヘイグマンはトランプによる首実検に合格し、立候補の準備が加速する。選挙戦はトランプ・ジュニアの最高顧問アンディ・スラビアンが支持団体「ワイオミング・バリューズPAC」の主任戦略官となり、トランプ陣営のベテラン数名で遂行された。

が、チェイニーには、全米の反トランプ派からの献金で膨れ上がった多額(700万ドル超)の銀行口座があり、またその父ディックが10年にわたり議員を務めていたワイオミング州の政治王族の一員という強敵。その元副大統領は8月4日に公開した広告で次のように述べ、愛娘を支援した。

我国246年の歴史で、トランプほど我が共和国にとって脅威となる人物はいない。彼は有権者に拒否された後、権力を維持するために嘘と暴力を使って前回の選挙を盗もうとした臆病者だ。本当の男なら支持者に嘘をつかない。

彼は選挙に大敗した。私も彼もそれを知っているし、心の底では、ほとんどの共和党員が知っていると思う。彼は有罪だと思う。リズは恐れを知らず、戦いから決して引き下がらない。トランプが二度と大統領執務室に入れないようにするための取り組みを主導し、彼女が成功させることほど重要なことはない。

チェイニーが多額の資金を背景に出ずっぱりでTVCMを打つのに対抗し、トランプ陣営はスーパーPACでヘイグマンのメッセージを伝え、TV、郵便、ラジオ広告を含む100万ドル以上の取り組みの一部として、トランプ・ジュニアを使った広告戦を展開する。

Save America PACは、彼女のPACに22年度の候補者支援最大の65万ドルを寄付、5月にはトランプ自らワイオミングで支持集会を開く。ファウチ攻撃で知られるランド・ポール上院議員のPACも、彼女の広告に40万ドルを投じ、チェイニーが強硬に批判していた下院共和党リーダーのケビン・マッカーシーも25万ドルを寄付した。

斯くてチェイニーを葬り、トランプが支持した候補者が9割方予備選で勝った共和党だが、11月の中間選挙で民主党に勝てるかといえば、そう容易くはなさそうだ。

FBIが8日、フロリダ州マーアラゴのトランプ邸を急襲、邸内を隈なく捜索し金庫までこじ開けた上、ホワイトハウスから移した書類を押収したのだ。8月10日の「AXIOS」が詳報している。

記事に拠ればキーワードは「大統領記録法(Presidential Records Act)」。ウォーターゲート事件でニクソンがホワイトハウスの記録文書引き渡しを拒否した78年、米議会は正副大統領の公式記録を管理し、全ての記録の保存を義務付ける同法を成立させた。

この法律では「合衆国は、大統領の記録の完全な所有権、占有権、および管理権を留保」し、これを監督する国立公文書記録管理局(NARA)は「国防または外交政策の利益」、「連邦政府公職への任命、企業秘密、商業または金融情報」に関するものなど、要件別に文書公開の可否などを篩い分け、大統領が破棄できるのはNARAの許可を得た文書のみとされる。

昨年8月、「J6」特別委員会はNARAに、暴動に関連するホワイトハウス文書や暴動発生前後の通信を要求する書簡を送った。委員会に拠れば、要求には、1月6日までの情報の収集と流布、議事堂周辺の警備準備、1月5~6日に予定されていたイベントの計画などが含まれる。

トランプ弁護団は、これを受けて作成されたホワイトハウス文書一式につき行政特権の発動を求めるがバイデンは特権を放棄した。弁護団はNARAによる特別委員会への記録公開を阻止する法的措置に出るも、最高裁は2月にこれを却下、NARAはトランプがマーアラゴに持ち込んだ箱15箱を回収した。

この2月の出来事はトランプ側も、NARAへの協力の一環として、自らも述べている。だからこそ、トランプは今回のFBIの行動に驚き、激怒したのだろう。

ところで、FBIが捜査令状を取得して執行するには、犯罪が行われたという相当な根拠を示す宣誓供述書が必要とされる。12日の「Hill」はマーアラゴへの捜査令状のPDFを掲載し、以下の様に報じた。

令状は、捜査当局が捜索で証拠を見つけるべく疑う3つの犯罪行為、すなわち連邦記録の隠蔽・持ち出し、連邦捜査記録の破壊・改竄、防衛情報の伝達、の可能性を挙げる。令状申請に通常添付される法執行宣誓供述書は封印されたままである。宣誓供述書には、犯罪行為が行われた証拠があると信じるに足る根拠を捜査当局が見出したことを裏付ける情報が含まれていると思われる。

明確な根拠のある宣誓供述を、いつ誰が行ったかなどが明らかにされないまま令状が発行された訳だが、その令状のPDFにはこれを許可したフロリダ南部地区のブルース・ラインハート連邦判事の署名がある。彼はオバマへの献金やエプスタイン事件に絡む兎角の噂がある人物だ。

この宣誓供述書について18日午前7:30の「Newsweek」に拠れば、公開を求める一部メディアと拒否する司法省とで綱引きがあり、トランプも16日のTruth Socialに「この恐ろしく衝撃的な不法侵入(BREAK-IN)に関わる完全に編集されていない宣誓供述書の即時公開を求める」と書き込んだ。

18日午後3:32の「Hill」は、18日午後1時から開いた公聴会でラインハート判事は、宣誓供述書の一部を公開しても良いとし、司法省に文書の改訂(redaction)の提案を命じたことを報じている。

彼我の態度について両紙は、司法省は供述書に司法省がどこで情報を入手したかという情報が含まれている可能性が高いので拒否しているとし、トランプ側はチーム内の情報源が提供したとしか思えないので、それを知るべく公開を求めている、との識者のコメントを載せている。

「Hill」には、ラインハート判事が、供述書の中には「推定上、公開できる」部分があり、「その部分が公衆やメディアにとって意味があるかどうかは、彼が決めることではない」と述べたとあることから、トランプの求める「完全に編集されていない宣誓供述書の即時公開」はないのではあるまいか。

「FBIのBREAK-IN」に戻れば、マッカーシーが、司法省は「政治の武器化という耐え難い状態に達している」とし、中間選挙で共和党が勝てば下院はガーランド司法長官と同省を調査する、と述べたように、共和党はトランプ擁護で更に結束し、司法省への対抗心を強めている。

デサンティスも「政権による政敵に対する連邦機関の武器化の新たな拡大である一方、ハンター・バイデンのような人達は無視されている」と難じる。トランプはオバマが3千万頁もの書類を持ち出したといい、またヒラリー前国務長官の私用メールサーバーに関するFBI捜査時に下院監視改革委員会議長だった元議員は、当時FBIがヒラリー宅を捜索したことはないと指摘した。

明らかに二重基準という訳か。そのFBIのレイ長官は17年にトランプ大統領に任命されたが、その上司はバイデンが任命したメリック・ガーランド司法長官。彼には、オバマ政権末期に連邦最高裁判事に推されたものの、共和党の反対で就任を阻止された経緯がある。

ガーランドは11日の会見で、トランプ邸の捜索を自ら許可した(personally authorize)とし、司法省は「このような決定を軽々に行わない」し、常に「より侵入の少ない手段(less intrusive means)で捜索範囲を狭くする」ことに努めていると述べた。

が、30人のFBI捜査員は、マーアラゴで弁護士を立ち会わせず、監視カメラも切らせたという。トランプはFBIの証拠仕込み工作を疑った。11日にはシンシナチでFBIを襲撃した男が射殺された。マーアラゴとの関係は不明だが、FBIへの抗議ともされる。

バイデンはマーアラゴ捜査を知らなかったと述べるが、「J6公聴会」や「FBIのBREAK-IN」の結果を受けてトランプを起訴するかどうかを決めるのはガーランド司法長官だ。「Foxnews」のタッカー・カールソンは「トランプは明らかに起訴されそうだ」とコメントした。

そして11月の中間選挙。8月17日の予想サイト「270 to Win」は、共和党21(非改選29)、民主党14(非改選36)の上院改選議席のうち、共和党20(計49)、民主党11(計47)、接戦4と予想する。3月7日時点と同じ数字で、何が起ころうと両党支持者の意志は変わらないということか。

負けたチェイニーは大統領選出馬を仄めかすが、親子揃って、トランプに投票した74百万人を噓つき呼ばわりし、彼を「二度と大統領執務室に入れないようにするための取り組みを主導」しているのを隠さないチェイニーが日の目を見ることはなかろう。

「J6公聴会」も「FBIのBREAK-IN」も、トランプを犯罪者に仕立てて大統領候補にさせないことに眼目があるようだ。が、共和党にはデサンティス、ペンス、ポンペオ、ニッキ・ヘイリーら、政策面でトランプの小さな政府に近い候補が大勢いる。トランプ潰しだけが「浮かぶ瀬」とは思えない。