金融庁は、近時、行政手法を抜本的に改革して、国民を顧客として位置づける姿勢を明瞭にしている。つまり、金融庁が金融サービスを提供する事業者に何かを求めるとしたら、それが金融サービスの利用者である国民の利益になるからだという論理構造が徹底されているわけである。
こうした行政手法のもとでは、金融庁として、国民に対して、国民の利益を示さなければならない。国民が利益を実感しない限り、事業者を動かすことはできず、金融庁の施策は実行され得ないからである。しかし、国民の利益を示すことは、政治の機能であって、行政の機能ではない。故に、金融庁は、行政目的として、経済の持続的成長と国民資産の安定的形成を通じた国民の厚生の増大という政治の目的そのものを掲げているのである。
国民を動かすために先に国民の利益を語ることは政治の基本であり、顧客を動かすために先に顧客の利益を語ることは経営の基本である。より一般的にいって、相手の利益を先に語ることは、リーダーシップの本質である。
企業の事業活動において、顧客の利益を先に語るべきことは、商業の王道として、少なくとも経営者の頭のなかでは理解されているであろう。しかし、多数の従業員を使用して、様々な職務の遂行を要求するとき、従業員の利益優先という原則は維持されているであろうか。また、金融庁が職員に対して国益への貢献を求めるとき、その要求に従う職員の利益は示されているであろうか。
企業においては、従業員に精励や創意工夫を求めることは普通であるが、多くの場合、従業員の利益が具体的に提示できているわけではない。金融庁は、仕事のやりがいや、職員自身の成長を掲げるが、責任をもって、職員の仕事のやりがいと成長を約束しているわけではない。
相手を動かすためには、相手に利益を確約することが必要である。いうまでもなく、確約したことが実現する保証はない。しかし、確約した時点で、確約が実現すると信じさせる力がなければ、何の意味もないし、確約した後に、確約が実現しつつあるという実感を与え得るのでなければ、やはり、何の意味もない。ここに、政治と経営の本質があり、リーダーシップの本質があるのである。
確約はコミットメントである。企業が従業員にコミットするからこそ、従業員のコミットメントが得られ、企業が顧客にコミットするからこそ、顧客のコミットメントが得られるのである。この相互コミットメントは、信念を共有する共同体としての組織の形成ということであり、そこに、顧客、従業員、企業の共通価値の創造があるのである。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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