JFCの「ファクトチェック」のファクトチェック

Artur/iStock

10月1日設立の日本ファクトチェックセンター(JFC)がネットの投稿をチェックするそうです。一方で日本ファクトチェックセンターの運営委員が「正確で厳格」と認める報道機関についてはチェックの対象外になるとのことです[記事]。多くの人がこの団体に対して恣意的な検閲機関のようなイメージを持つのも不思議ではないかと思います[記事]

この手の団体の凄いところは、自分たちがファクトをチェックできることを前提としている点です。既にいくつかファクトチェックも行われています。例えば、このツイートには「不正確」の烙印が押されています。

しかしながら、その「検証過程」を見てみると、あまりにも粗雑で、統計学的な資質に疑問符を持たずにいられません。

しかも判定結果は、ツイートの範囲を超えて「選挙人名簿登録者数」にまで言及して内容を否定しています。

ちなみに投稿者は9月4日のツイートの段階で8月31日のデータを得ていなかった可能性もあり、有無を言わさず「不正確」として個人を吊るし上げるのはどうかと思います

さて、基本的にこのような【時系列データ time series data】から人口の動態を議論するには、それなりの分析が必要です。

人口変動は、平均値が時間の経過とともに変化する【非定常時系列データ unsteady time series】であり、

(1)長期的な人口の変化(長周波)である【トレンド成分 trend component】
(2)季節的な人口の変化である【周期成分 periodic component】
(3)不確実性に依存する【ランダム成分 white noise】

で構成されています。

したがって、人口の時系列データから人口の動態に有意な変化があるかを議論するには、時系列データの見掛け上の変化だけではなく、平均値関数で表現できるトレンド成分と周期成分を【フィルタリング filtering】した(差し引いた)残差成分がランダムであるか、ランダムでないかを判断することが必要です。

順を追って説明していきたいと思います。

こちらは那覇市が毎月発表している月末の人口データをもとに描いた2001年(平成13年)1月から2022年(令和4年)8月までの那覇市の人口変動です。

この図を見ると、大きなトレンドとして、2017年2月までは人口が増加し、以降は人口減少に転じています。このような非定常時系列データの分析には次に示すようなプロセスが必要です。

まず、人口の変化を詳しく見るために、各月において前月との人口の差をとります(1次差分)。

これは1カ月の間にどれだけ人口が増減したかを示すものであり、人口変化の速度を意味しています。

この図をよく見ると、1年周期で人口が大きく減る月と人口が大きく増える月があります。大きく減るのは2月~3月で大きく増えるのは3月から4月です。これは年度末の3月に転出手続きをする人が多く、年度初の4月に転入手続きをする人が多いためです。

このような年周期の季節変化(周期成分)を取り除くためには、その時点から過去12カ月分の値を平均します。これはコロナの新規陽性者数を評価する時に7日(1週間)ごとに平均する「移動平均」の考え方と同じです。このような処理によって周期成分を取り除いたのが次の図です。

これをみると大きなトレンド(長周期変動)として人口の変化の速度が2017年までは概ねプラスであり、以降はマイナスになっていることがわかります。このトレンド成分を除去するにあたって、各月において前の月との速度差をとって人口変化の加速度で表現します(2次差分)。

この変化にはランダム成分が含まれているので、これをフィルタリングするために、前後3ヵ月のデータを平均して平滑化したものが次の図です。

ここで赤の線は沖縄県知事選挙の投票日を示しています。これを見ると、2018年と2022年の選挙前に人口の変化加速度が高まっています。つまりランダムではない人の移動が観測されたということです。

このファクトは、日本ファクトチェックセンターの「ファクトチェック」では検出できませんでした。もちろん、この移動が選挙権獲得移住であるかどうかは不明です。しかしながら、少なくともこの事案に関するファクトチェックには以上に示したようなプロセスが必要不可欠です。

長期にわたるトレンド成分および年毎に繰り返される周期成分のフィルタリングも行わずに、たった8カ月のデータをもとに「不正確」と断じた日本ファクトチェックセンターの「ファクトチェック」は残念ながら「不正確」であり、論理に適ったファクトチェックとは言えません。

もちろん情報のファクトチェックは、公正な社会を運営するにあたって必要なことです。日本ファクトチェックセンターには公正なチェックを期待するところです。

ただし、ファクトチェックは「やればできる」というものではありません。それなりの基本的知識が必要なのです。この程度の基本的知識を有していない機関が神のように振舞って「不正確」の烙印を押すのはあまりにも横暴であり、ツイートの範囲を超えて不正確と断じるのはSNSの投稿者に強い脅迫感を与えることになるでしょう。

なお、特定の団体が主観的な認識でファクトチェック先を限定することは、明らかに公正性に欠けています。この手の団体にありがちな党派性を持った検閲機関となることが懸念されるところです。

ちなみに、コロナ禍において、どんな相手に対しても分け隔てせず、むしろ権力や大メディアを検証の対象とした楊井人文氏によるコロナ情報のファクトチェックは社会的に大いに有益でした。このような精神こそ、ファクトチェックに不可欠なことであると考える次第です


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2022年10月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。