最高指導者ハメネイ師の「弁明」:イラン支配体制への批判が高まる

イランが揺れ動いている。地震ではない。22歳のクルド系女性マーサー・アミニさん(Mahsa  Amini)が宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、9月16日に死亡が確認された事件がイラン国内で大きな怒りを呼び起こしているのだ。

イラン最高指導者ハメネイ師「最近の騒動は独立国イランに対する米国の画策だ」(2022年10月3日、IRNA通信)

イランでも過去、イスラム聖職者支配体制に抗議するデモが行われた。例えば2017年だ。しかし、抗議デモはテヘランなど限られた場所で起き、参加者も限られ、警察当局にすぐに鎮圧された。だが、今回は抗議デモがクルド系地域だけではなく、イラン全土で起きている。避暑地でも女性たちの抗議デモが起きたというニュースが流れてきたほどだ。

そして、抗議デモに参加するのは若い女性たちだけではなく、男性も参加している。2日夜、テヘランのシャリフ大学の学生と治安部隊が衝突。治安当局はキャンパスを封鎖している。要するに、アミ二事件を契機に、イラン国民がイスラム聖職者支配の現政権(ムッラー政権)に対して抗議の声をあげてきたのだ(「イラン国内を揺さぶる『アミ二事件』」2022年9月22日参考)。

チュニジアで民主化を求める抗議デモが起き、そのデモの輪はアラブ全土に広がり、イラク、リビアなどで政権交代が起きた「アラブの春」を思い出す人もいる。この欄でも「ペルシャ(イラン)の春」が到来するか」というタイトルのコラムを書いたばかりだ。「イランの春」の到来はもはや非現実的ではなくなってきている(「10年遅れで『イランの春』到来するか」2022年9月24日参考)。

強硬派のライシ大統領はアミ二さんの死を「遺憾だ」と語り、アミ二さんの両親に電話をかけ、事件の解明を約束したが、その一方「アミ二さんの事件を悪用して社会の秩序を混乱させる者に対しては厳格に処罰する」と警告した。

オスロに拠点を置く人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」(IHR)は2日、イラン南東部シスタン・バルチスタン州ザヘダンで9月30日にデモ隊と治安部隊が衝突し、41人が死亡したと発表した。IHRによると、ザヘダンでは30日の金曜礼拝後、同州の港湾都市チャバハルの警察署長が15歳の少数派バルチ人少女に性的暴行を加えたとして抗議するデモが発生した。IHRによると、これまでにイラン全土で130人以上が犠牲になったという。

バイデン米大統領は3日、イランの抗議デモと治安部隊の弾圧について、「重大な懸念」を表明し、イラン当局者を対象に追加制裁を週内に発動する考えを示した。一方、欧州でもドイツ、フランス、イタリア、チェコ、スペインらが主導となってイランの弾圧に対し、同じように追加制裁を欧州連合(EU)外相理事会で今月17日に協議する予定だ。それに先立ち、カナダは3日、イランに対して新たな制裁を決めている。

当方はコラムで、「問題は、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの国民は、若い女性が『数本の髪の毛』のために死ななければならなかったことに憤慨しているわけだ」と書いたが、現在は「女性への差別だけではなく、イラン支配体制への批判へとエスカレートしてきた」のだ。イランの統治者側が危機感を深めるのは当然だ。もはや女性の髪の長さでも、女性一般への差別が問題でもなく、「あなた方が問題だ」と国民から追及されているわけだ。

その意味でイラン最高指導者アリ・ハメネイ師がどのような反応を示すかに注目が集まった。同師は3日、「わが国を混乱させている抗議デモを煽っているのは米国とイスラエル、そして海外に住むイランの反体制派によるものだ。アミ二さんの死亡には胸を痛めているが、コーラン(イスラム教の聖典)を燃やし、モスク(イスラム礼拝所)や集会所などに火を放つなどの暴動は正常な反応ではない。米国やイスラエルなどが画策したものだ」と主張している。

全ての悪は米国、そしてイスラエルからくるというこれまでの発想から抜けきれないのだ(「イラン『デモ参加者は外国の傭兵』」2022年9月30日参考)。

もちろん、それなりの理由はある。イランの核開発にタッチしてきた科学者が過去、車に仕掛けられた爆発物で殺害されてきた背後にはかなりの確率からモサド(イスラエル諜報特務庁)の関与があったことは間違いない。イランの核開発を許さない、といったイスラエル側の強硬政策があるからだ。

ウィーン在中のイラン人ジャーナリスト、ソルマズ・クホルサンド氏は3日、オーストリア国営放送とのインタビューで、「イランの政治家の中には『ヘジャブ(スカーフ)を廃止したらどうか』というリベラルな声も聞かれるが、聖職者や保守派から『イスラムの教えを捨てることを意味する』と強い反対がある」と語った。

イランのムッラー政権は「一つ譲歩すれば、次々とそれが拡大され、最終的にはイスラム教支配体制から西側世俗化社会へ押し流される」といった恐れを感じているというのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。