量子物理学と形而上学を繫ぐ科学者:「量子もつれ」でノーベル賞

久しぶりの朗報が届いた。2022年のノーベル物理学賞にオーストリアのウィーン大学のアントン・ツァイリンガー名誉教授(77)が「量子もつれ」と呼ばれる現象を実証したフランス・理工科学校のアラン・アスペ教授、米国のジョン・クラウザー博士と共に受賞したというニュースが入ってきたからだ。オーストリアにとっては23人目のノーベル賞受賞者だ。

ツァイリンガー教授(右)はじめ2022年のノーベル物理学賞の3人の受賞者(ノーベル賞委員会サイトのスクリーンショットから、2022年10月4日)

同教授は4日、喜びを体で表しながら、スウェーデン王立科学アカデミーから電話を受け取った時の話をし、「これはフェイクではありません」と相手が言っていた、と笑いながら内輪話を紹介した。

当方は個人的には知らないが、同教授の名前は久しく聞いて知っている。物理学の専門書や雑誌を通じてではなく、主にメディアに登場する同教授の発言を読んで、「神に関心をもつ科学者」という印象を受けたからだ。

当方が教授の名前を初めて知ったのは2016年頃だ。 量子テレポーテーションの実現で世界的に著名なツァイリンガー氏(Anton Zeilinger)が、「量子物理学が神と直面する時点に到着することはあり得ない。神は実証するという意味で自然科学的に発見されることはない。もし自然科学的な方法で神が発見されたとすれば、宗教と信仰の終わりを意味する」とメディアに答えていた。同氏の発言はバチカン放送独語電子版2016年8月18日にも報じられた(「量子物理学者と『神』の存在について」2016年8月22日参考)。

ツァイリンガー氏は、「自分は神秘主義者かもしれない。人は神を感じることができるが、神について多くのことを語ることはできない」という。オーストリアの週刊誌「プロフィール」(2012年8月9日号)が神について、同氏に聞いていた。同誌の会見記事の見出しは「愛する神をわれわれは発見できない」だった。プロフィール誌記者はツァイリンガー教授に、「神は自然科学的に理解できないのか」と聞くと、教授は、「神は証明できない。説明できないものは多く存在する。例えば、自然法則だ。重力はなぜ存在するのか。誰も知らない。存在するだけだ」と説明。そして無神論者については、「無神論者は神はいないと主張するが、実証できないでいる」と述べていた。

それでは、宇宙すべては偶然に誕生したものだろうか。ツァイリンガー教授は、「偶然でこのような宇宙が生まれるだろうかと問わざるを得ない。物理定数のプランク定数がより小さかったり、より大きかったりするならば、原子は存在しない。その結果、人間も存在しないことになる」と指摘している。宇宙全てが精密なバランスの上で存在しているというわけだ。

オーストリアの代表紙プレッセ電子版4日付は同教授について興味深い人物評を掲載している。曰く「ツァイリンガー教授は宗教に対して、より一般的には物理学を超えたもの、つまり形而上学に対して開かれた心を持っている。教授が過去、ある議論の場で『科学の世界と形而上学的世界に強いつながりを感じる』と答え、『偶然は無署名の神の業ではないか』と述べたフランスの詩人、小説家のアナトール・フランス(1844年~1924年)の言葉を引用している」。

ノーベル物理学賞の受賞者に神について質問する、ということは多くないだろうが、ツァイリンガー教授は例外的な科学者だ。科学と宗教の世界を量子コンピューターで意思疎通しているように、教授の口から「神」の存在について示唆に富む言葉が飛び出す。

プレッセ電子版は社説で「物理学に詳しい人ならば、アントン・ツァイリンガーがノーベル賞に値することを知っている。彼は光の粒子の状態をテレポートすることに成功した有名な実験『量子テレポーテーション』で『ミスター・ビーム』と呼ばれるようになった物理学者だ」と紹介し、「量子物理学の哲学的解釈、さらには神学的な問題についても、自分自身を明確に表現することを楽しんでおり、今でも楽しんでいる」と述べている。

米仏の2人の受賞者は2つの光の粒などの量子が遠く離れていても片方の量子の状態が変わると、もう片方の状態も瞬時に変化する「量子もつれ」という現象を実験で証明し、ツァイリンガー教授は「量子もつれ」現象を利用し、情報を量子に埋め込み、それを離れた場所にあるもう一方の量子に瞬時に伝達できる「量子テレポーテーション」という現象を実験で示した。そのことを受け、量子コンピューターや超高速通信の道が開かれたわけだ。

アントン・ツァイリンガー名誉教授 Wikipediaより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。