なぜ女性大統領が出ないのか:ファンデアベレン大統領は合格点だが

アルプスの小国オーストリアで9日、大統領選挙の投開票(有権者約640万人)が行われ、現職のアレクサンダー・ファンデアベレン大統領(78)は1回目投票で当選に必要な過半数(暫定結果56.2%)を獲得して再選された。ファンデアベレン大統領は決選投票を回避するために1回目の投票で決着つけることを最大の目標としてきた。それだけに、再選が決まった直後、「ホッとしている」と正直に述べていた。

支持者とともに再選を喜ぶファンデアベレン大統領(2022年10月9日、ファンデアベレン氏公式サイトから)

オーストリア大統領選では過去、現職が再選できなかったケースはない。前大統領ハインツ・フィッシャー氏の場合、再選では得票率80%を超えるなど、いずれも信任投票のような形で大勝した。その意味で、ファンデアベレン大統領の得票率約56%は歴代大統領の中でも低い得票率といえるわけだ(投票率は約65.9%)。

その辺について、ファンデアベレン大統領は再選が決まった直後の記者会見で、「フィッシャー氏などの時代と現代は社会事情、政治事情は異なるうえ、対抗候補者が6人もいたのだ」と説明していた。

確かに、新型コロナ感染、ウクライナ戦争、物価高騰、エネルギー危機と欧州を取り巻く社会、政治情勢は以前とは異なる。オーストリアではクルツ政権後から首相、閣僚が短期間に交代するなど、政情は混乱した。同時に、国民の政治不信が深まり、80%の国民は現在の政治には不満を感じているという世論調査結果が出ているほどだ。

オーストリアでは大統領は名誉職的な立場であり、政府、閣僚の任命、解任などのほか、海外からのゲストの応接、公式訪問などが主だ。ファンデアベレン大統領は6年前の最初の大統領選ではアクティブな大統領になると表明してきたが、限界はあった。

憲法では大統領の役割、権限は明記されている。必要ならば新政権の任命を拒否することはできるが、新政府の任命を拒否したとしても、新たな政府を発足できなければ同じ結果となり、政情は一層カオスに陥る。そこで大統領は舞台裏で政府、議会関係者との話し合いをアレンジし、調停役を演じることになる(「欧州保守派の『希望の星』政界を去る」2021年12月3日参考)。

調停役という観点から言えば、ファンデアベレン大統領はクルツ政権の混乱、新政権の発足、新型コロナ対策で政府と国民の間の調停役を立派に果たしてきた。合格点だろう。

ファンデアベレン氏は「緑の党」の元党首であり、マルクス経済学の教授だった。6年前の大統領選ではファンデアベレン氏と自由党のノルベルト・ホーファー氏が決選投票となり、激しいやり取りがあった。今回は6人の対抗候補者がいたが、独自候補者を擁立したのは極右党「自由党」だけで、与党「国民党」や野党第一党「社会民主党」はいずれも現職大統領の支持に回ったことで、選挙結果は投票前から明らかだった。唯一、ファンデアベレン氏が1回目の投票で勝利するか否かに注目がいったわけだ(「大統領ポストと『銃』と『喫煙』」2016年4月28日参考)。

対抗候補者の中には、自由党の擁立したローゼンクランツ氏(約17.9%)のほかワクチン接種反対の政党「MFG」のブルナー党首、弁護士でコラムニストのヴァレンティン氏、ビール党党首で医師でバンドリーダーでもある35歳のブラスニ氏、そして元議員でブロガーのグローツ氏、靴製造会社のオーナーのシュタウディンガー氏といった多彩な顔触れが登場し、有権者の関心を集めたが、現職を破るといった対抗候補者は出てこなかった。

なお、オーストリアでは選挙権は16歳以上となっていることもあって、若者の投票動向が注目された(16歳選挙権は欧州で最少年齢)(「10年目迎えた『16歳選挙権』の検証」2017年10月6日参考)

蛇足ながら付け加えるならば、現職の大統領を含む7人の候補者はすべて男性で占められ、女性候補者が1人もいなかったことだ。オーストリアの政治学者や社会学者は「なぜ女性が大統領候補に出馬しないのか」といったテーマで話し合っていたほどだ。オーストリアでは35歳以上でオーストリア国籍を有し、6000人の推薦状を獲得した国民ならば誰でも大統領選に出馬できる。

なぜ女性大統領が出てこないのか

ハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジア(在位1740~1780年)時代は繁栄した時代だった。その国でこれまで1人も女性大統領が誕生していないのだ(欧州では現在、コソボのアティフェテ・ヤヒヤガ、スロバキアのズガサ・チャプトバ、ギリシャのカテリナ・サケラロプル、ハンガリーのノバク・カタリン、モルドバのマイア・サンドゥの5人の現職女性大統領がいる)。

ファンデアベレン大統領の再選に水を差すつもりはないが、7人の男性候補者の選挙戦戦をフォローしていて、「女性候補者がいれば、退屈な選挙戦はもう少し変化に富んだ展開となったかもしれない。女性の視点が欠けた選挙戦だった」と感じたことを付け加えておく。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。