高齢者向けピアノ教室の発表会に出演した体験記

五感を使いボケ防止に絶好

ピアノなどの音楽教室は少子化による経営難を乗りきる対策として、高齢者の受講生を歓迎しています。ピアノ教室は子供向けだったのが、おとな歓迎の路線に力を入れるようになってきました。

私も思い切って沿線のピアノ教室を訪ねたところ歓迎され、もう数年、週一回のレッスンを受けています。ぼさぼさの髪の高齢者が杖を突きながら通ってくる、指を一本ずつ使って曲をたどたどしく弾く。様々です。

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私が通っている教室の掲示板に、「おとなの晴れ舞台」というタイトルで、演奏レベルが高くない高齢者がでる発表会のお知らせが貼りだされておりました。「恥を忍んで出てみるか」と思い、1万円ほどの参加費を払い、申し込みをしました。

音楽教室といっても、何か所かのセンター、支店を持ち、それぞれに個室の教室がたくさんあります。宮地楽器といい、武蔵小金井の本部にはコンサート・ホール、楽器売り場を備え、ヤマハと提携した本格的派の教室です。

先日の日曜日、その発表会が小ホールで催され、私も参加しました。これで三回目になるでしょうか。一人で練習するのとは違い、人に聴かれるとなると、練習に対する態度が真剣になります。

楽器演奏は五感をフルに使うので、ボケ防止には絶好です。いわゆる五感と「聴覚、視覚、触覚」までは共通しています。残りの二つは「感情感覚、緊張感覚」でしょうか。作曲家の思いへの心情的な想像、先生や聴衆を意識することからくる緊張感への対応などで頭がフル稼働します。

私は若いころピアノの手習いをしていました。退職してやることがなくなり、若いころ弾いた曲を思い出しながら、再チャレンジしてみたのです。発表会で選んだ曲はベートーベンのソナタ「ワルトスタイン」です。

200年前の作品で、ワルトスタイン伯爵に贈った名曲で、素人には難曲です。演奏時間が20分以上はかかります。発表会の制限時間は5分が標準で、それを超えると演奏者は追加料金を払います。

私は2楽章、3楽章を選び、途中を何か所かカットし7分に縮めました。プロのように速くは弾けませんから、テンポを落としました。4か月ほど毎日、一時間の練習です。先生は右手と左手を分けて練習させ、慣れたところで両手にします。退屈な練習の積み重ねです。

先生には「私の演奏は下手でミスタッチも多い。それでも私の耳には、CDで何度も聴いているピアニストの名演奏が再現される。それで十分なのです。自分なりに陶酔しているのです」と、申し上げました。「だめだめ、もっと上手に」と、お叱りを受けます。

多くの曲は、第一主題、第二主題、間奏部、転調などで構成されます。その度に曲想の変化、テンポの変化があり、一人で練習していると自己満足に陥り、我流になります。その欠点を何度も指摘され、復習します。

スマホの録音してみると、聴くのも嫌になることの繰り返しです。特に古典派はテンポ、拍子を指定通りに正確に弾く。弾くやすいフレーズは速く、難所は遅くなるのが素人共通の欠点です。先生は時に私の背中をポンポンと叩いて、テンポの取り方を指導して下さいました。

次は暗譜です。若いころは練習しているうちに、指が自然に曲を記憶してくれ、発表会でも暗譜で演奏できます。それがもうだめです。

楽譜やコピーを譜面台に置き、見ながら演奏する人が多い。私の場合はコピーをとると、何ページにもなり、譜面台をはみ出します。そのため、楽譜を持ちこみ、先生が私に代わって譜めくりをしてくれました。先生、ありがとう。

私の先生は「日野原玲奈さん」とおっしゃり、まるで女優さんのような名前です。最難関の桐朋音大卒、留学して独ミュンヘンの国立音大卒です。一流のピアニストを歩むコースです。今は、ピアノ教室で、指が満足に動かず、ミスタッチも多い高齢者のレッスンも引き受けてくださる。

ハイレベルの先生は「若い生徒を指導し音楽大学に合格させる」、「海外の音楽院に留学させる」、「有名なコンクールで入賞させる」、「ピアニストの道を歩める人を育てる」が夢でしょう。それなのに、たどたどしいレベルの高齢者も指導して下さる。ありがたいことです。

演奏会場に自分の使いなれた楽器を持ちもめないのはピアノくらいでしょうか。自宅のアップライトのピアノと違い、演奏会場のピアノはグランドピアノです。それもピアノによって、音質、タッチ、反響がまるで違う。戸惑っているうちにミスタッチが多くなる。困ったものです。

この教室では今秋、出演者を区分けして、10月、11月に7回の発表会をしました。私の部は10月23日、開演時間11時30分、8人が登場しました。生徒ごとに短い紹介がありますので、終了は一時間後でした。7回で合わせると、数十人が出演したはずです。

新聞やテレビに大々的にピアノ買い取りの広告掲載されています。うっかり乗せられて自宅の中古を手離してしまう人も多いでしょう。2、3万円とか、5万円とか、格安で売ってしまうより、音楽教室に通い、五感をいつまでも若々しく保つ努力をするほうがましです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。