ウクライナ戦争と中国共産党大会:今年の最も重大な出来事(金子 熊夫)

外交評論家 エネルギー戦略研究会会長 金子 熊夫

時の経つのは早いもので、2022年もあと1カ月半だけとなりました。多事多難だった今年を振り返って、改めて痛感するのは、現在はかつてないほど、先行き極めて不透明な混迷の時代だということです。

この時点で、やや早めですが、私なりに、今年の重大事件を挙げるとすれば、やはりロシアのウクライナ侵攻(2月以降)、安倍元首相暗殺(7月)、中国共産党大会(10月)がトップスリーではないかと思います。

安倍暗殺事件は全く予想外で、いまだに信じられない気持ちです。憲政史上最長期間にわたって総理大臣を務め、日本の安全保障体制の強化拡充に尽力された故人の功績は高く評価されます。国葬も終わった今、自民党内の権力闘争が今後どう展開して行くかも気になるところです。

ロシアは本当に戦術核兵器を使うか

さて、2月末にロシアの突然の侵攻で始まったウクライナ戦争は、当初の予測に反し、ウクライナの意外な奮闘によりロシア軍が大分苦戦しており、戦況は膠着状態に陥った感じです。ロシア軍が複数の原子力発電所を占拠し、そこを”人質”にして攻撃したり、クリミア大橋が突然爆破されたり、一般市民への無差別攻撃が頻発したりしていますが、双方が相手の仕業だと言っているので、真相は分かりません。

プーチン大統領
出典:Wikipedia

また、消耗したロシア軍を補強するために、プーチン大統領はかなり強引な動員をかけていますが、徴兵を逃れて国外脱出する市民が増加しているとの情報も。こんなことは今までの戦争ではなかったことです。

このような異常な状況で、プーチンが窮余の策として小型の戦術核兵器を使うのではないかという憶測が高まっています。まさかとは思いますが、まさかと思われることを現実に実行してきたプーチンのこと故、今後何をしでかすか分かりません。

それにしても、一番気の毒なのはウクライナの一般市民で、食糧も水も電気もない中で厳しい冬を迎える惨状には同情を禁じ得ません。

戦争が招いたエネルギー危機

一方、この戦争の影響はヨーロッパだけでなく、全世界に拡大しています。ロシアに対する制裁として、ロシアとの貿易、とくに露産天然ガスの輸入が禁止されたため、燃料供給不足から価格が一気に高騰し、その結果エネルギー危機が進行しています。とりわけ深刻なのは、今年1月時点で露産天然ガスへの依存度が55%にも達していたドイツの状況で、燃料価格高騰による物価高騰が止まりません。

ロシア産元羽の輸出先シェア
JOGMECより

このため、本来ならば、今年末で完了するはずだった「原発ゼロ」政策を凍結し、最後の原発3基を来年4月まで運転継続することにしました。ショルツ連立政権では、脱原発を党是とする「緑の党」が最後まで抵抗していましたが、背に腹は代えられぬということでしょう。

ドイツ以外では、原発大国のフランスをはじめ、イギリス、ベルギー、スウェーデンなど原発の再活性化に踏み切った国が少なくありません。

かくして、昨年秋の国際気候変動対策会議(COP26 グラスゴー)で高まった「ゼロ・カーボン」の機運はどこへやら。各国とも突然のエネルギー危機への対応で必死になっており、さすがに反原発・環境保護団体も鳴りを潜めています。

日本もエネルギー危機に直面

日本も、こうした世界的なエネルギー危機に晒されています。元々日本は世界最大の天然ガス(LNG)の輸入国ですが、福島原発事故以後停止した原子力発電の穴埋めとして天然ガスの需要が急増。その結果天然ガスと石炭による火力発電は、いまや電力の8割弱。第一次石油危機(1973年)前を上回る状況です。しかも、石油と違って天然ガスは2週間分くらいしか備蓄できないし、そもそも国際市場で奪い合いになるため、何時供給が途絶するか分かりません。

日本は気候変動対策として、菅義偉内閣の下で、「カーボン・ニュートラル2050」の大目標を決めたので、今後石炭火力発電を徐々に廃止し、その代わりに再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱など)を早急かつ大幅に拡大しなければなりませんが、現在の状況ではとても無理。再生エネはクリーンで環境に優しいエネルギーですが、如何せん、パワー不足であることは自明です。とくに太陽光や風力発電は天候次第で、安定性に欠けています。

危機を乗り切るには原発が不可欠

となれば結局、原子力発電に頼らざるを得ません。現に政府は、2030年までに原発を20~22%とする目標を掲げています。しかし、福島原発事故後一旦停止した原発のうち現在再稼働しているのは僅か9基で、電力のシェアは6%程度。右の目標を達成するためには、あと最低でも17基を再稼動させなければなりませんが、様々な理由により難航しています。2030年から先を考えると既存炉だけでは絶望的です。

周知のように原発には福島事故後法律で定められた寿命(40年プラス20年)があります。政府は、目下その延長を検討中ですが、いくら既設炉の運転期間を延ばしても限度があります。従って、日本が将来にわたって長期に原子力を活用するには、どうしても原発の新増設や建て替え(リプレース)が欠かせませんが、それには関係する地元自治体の同意が必要で、ハードルは非常に高いと言わざるを得ません。

ようやく最近になって、岸田政権は、ウクライナ戦争に起因する当面のエネルギー危機を乗り切り、脱炭素化とエネルギー安全保障を同時達成するためには、「原発の最大限活用」が不可欠と明言していますが、それには、国民一人一人の努力が求められています。

エネルギーは、国家にとって言わば”血液”であり、まさに死活問題ですから、好き嫌いを言っている余裕はないはず。エネルギー資源小国に住む日本人は、このことをしっかり肝に銘ずるべきです。

中国習近平の独裁体制が確立

次に、中国問題について簡単に触れておきましょう。10月末に北京で開かれた共産党大会では、予想通り習近平総書記の3期目(2027年まで)の続投が決まり、習氏の独裁体制が一段と強化されました。いまや建国の父・毛沢東に勝るとも劣らぬ権威と権限を掌握した彼の周辺は、イエスマン的な人物で固められており、今後中国は益々強権的な外交政策、いわゆる「戦狼外交」を展開して行くものと見られます(特に、戦狼外交のトップ・王毅外相の中央政治局委員への昇格に注目)。

習近平総書記(2022年10月23日)
出典:Wikipedia

この観点でとりわけ懸念されるのは台湾問題です。今回の党大会で採択された党規約には、「台湾独立に断固として反対し、抑え込む」と明記されており、必要とあらば武力行使も辞さない構えです。となると、「台湾有事」の危険性は一段と高まったと見なければなりません。専門家の間では今後5~10年の間に深刻な危機が訪れるのではないかと推測されています。

中国も、ウクライナでの戦況を見て、台湾の「武力解放」が容易でないことを認識したはずですが、だからと言って台湾侵攻を諦めることはなく、逆に作戦を徹底的に練り直して、今まで以上に本気で勝負をかけてくるのではないか。そうなったとき、米国は、間違いなく台湾防衛に乗り出すでしょうから、日本が無関係で済むことはありえないでしょう。それは、 日米同盟関係で「巻き込まれる」というより、むしろ日本自身の安全保障にも関わる重大事態として主体的に対応すべきことだからです。

日本は具体的にどう対応すべきか

私は、今ここで、闇雲に対中強硬論を唱えるつもりはありません。「台湾有事」が起こらないように日本は米国などと連繋して、または独自の立場から、あらゆる外交的努力を尽くすべきだということは言うまでもありません。しかし、万一の場合への備えは、独立国として当然怠るべきではないと考えます。

台湾の戦略的位置
出典:Wikkipedia

日本政府もそうした観点から、現在さまざまな対応策を検討しています。対策の一部は、すでに安倍政権時代に「平和安保法制」の整備という形で実現していますが、さらに、当面の課題として、国防費の増額や「敵基地攻撃能力」(反撃能力)などの問題があります。これらは、憲法第9条との関係で微妙な問題であり、とくに後者については、従来の「専守防衛」という概念と現実的な「抑止力」をどう整合させるかが重要なポイントです。

私は、憲法制定当時には想像もされなかった弾道・巡航ミサイル、極超高音速ミサイル、自爆型無人機(ドローン)、サイバー兵器などが実戦配備された現在、「専守防衛」の在り方は抜本的に見直されるべきだと考えています。「座して死を待つ」のが憲法第9条の本旨ではないと信ずるからです。

さらに言えば、緊急事態において真っ先に動員され、戦うのは自衛隊です。その自衛隊の存在が「違憲」と解釈されるような現状をこのまま放置しておいてよいのか(日本の憲法学者と称される人々の多くが違憲とみていることは周知の事実)。

憲法第9条の改正が今こそ急務

私は、前々回の「なぜ戦争は無くならないのか」の後段で、憲法改正問題に触れましたが、自衛隊が違憲とされるような憲法の条項は明らかに非現実的かつ不健全であり、この部分だけでも一日も早く書き改めるべきだと長年考えています。具体的にどこをどう改正するかを詳論する紙面上の余裕がありませんので、関心のある方は、ぜひ自由民主党の「日本国憲法改正草案(全文)」をご覧ください。

私はこの草案の第2章には概ね賛成です。要は、国の緊急事態において身を賭して戦う立場の自衛隊員が、自信と誇りを持って行動できるようにすること。これは、半世紀余前に、ベトナム戦争で殉死しかけた私の外交官としての切実な体験に基づくものであることを最後に申し添えます(「私はこうして奇跡的に生還した:ベトナム戦争体験談」)。

(2022年11月7日付東愛知新聞令和つれづれ草より転載)


編集部より:この記事はエネルギー戦略研究会(EEE会議)の記事を転載させていただきました。オリジナル記事をご希望の方はエネルギー戦略研究会(EEE会議)代表:金子熊夫ウェブサイトをご覧ください。