英国研究者の憂鬱

中村 祐輔

英国でこれまでになかった規模で高学歴の人たちのストライキが起こっていることがNature誌で報じられていた。「“An attack on the future of science”: why UK researchers are striking」というタイトルの記事で、英国の研究者たちが、給料と研究環境改善を求めてストライキをしている様子が紹介されていた。

研究者組合が13.6%の報酬のアップを求めていたのに対して、大学などの研究機関が研究者の給料の3%アップを提示していた。しかし、物価が年間10%以上も上昇している現状では、3%アップでは、実質的には給料の大幅ダウンに等しい。しかも、年金支給額のカットや不安定な雇用が多い状況など、どこかの国と似たような話だ。

一部の大学幹部が50万ポンド(約8260万円)の報酬を得ているのに、大学院生や職員はフードバンクで食料を調達していて、その日の食事もままならないという!キングスカレッジは過去2年間で25%も学生数を増やしたのにもかかわらず、職員数は3.9%しか増えていないそうだ。当然ながら一人当たりの職員に対する学生数は約1.2倍に増加する。一人当たりの学生に割く時間が変わらなければ、研究に割く時間は減ってくるのは誰でもわかるはずだ。あるいは、研究に割く時間を変えないようにすれば、学生一人に割く時間は減り、教育が疎かになる。

そして、ある研究者は、商業主義の企業の発行する雑誌に投稿された論文の審査はしないと語っていた。論文の審査に数時間かけても無報酬だ。よく考えれば、出版社は、無償の審査料と研究者が支払うバカ高い出版費用で収入を上げているのだから、この研究者の意見はもっともだと思う。

私も、Journal of Human Genetics(日本人類遺伝学会)とCancer Science(日本癌学会)の編集委員長を合計で20年近く務めて、結構な時間を使ってきたが、学会の公式雑誌ということもあり、無報酬でやっていた。大学や研究機関の公式な労働時間としては認められないので、土曜・日曜もなく、毎月150時間以上の時間外労働でこなすしかない。

ワーク・ライフバランスなどという、今日の甘くうらやましい、しかし、われわれの世代にとっては腹立たしくもある概念なども思いつかず、犠牲的な精神と肉体的・知的奉仕で乗り切ってきた。

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資源のない日本という国で成長を支える原動力は人間しかないのだと信じて、大学を卒業して45年間生きてきた。今も、医療現場は、多くの医師・看護師・技師・薬剤師などの犠牲的精神で成り立っている。

一部のチャラチャラした拝金主義の医師がテレビのコマーシャルに出てくるとムカッとして、すぐにチャンネルを変えてしまう。そして、研究現場は、英国の状況と変わらないが、日本人は温厚でストライキなどしない。しかし、毎年、交付金が減らされ、定員が削減され、大学や研究機関は四苦八苦だ。

イノベーションが大切と言いながら、研究機関や医療機関を真綿で締め続ける間抜けな政府は、救いようがない漫画の世界だ。イノベーションの根源がどこにあるのか、全く理解していない。現場を知らない人たちが鉛筆をなめながら予算を決めていくから、日本はダメになるのだ。利権の甘い汁を吸うと甘さが忘れられずに、それらを守ろうとする人たちの害毒が日本を腐食させている。今も連日報道されているオリンピックの後味の悪さは、まさにその象徴だ。

医療現場で、必死で患者さんに向き合っている人たち、治せない病気を治したいと頑張っている人たちが報われる社会であってほしいと願うばかりだ。今の日本には水戸黄門はいないのか?


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年12月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。