4月に医薬基盤・健康・栄養研究所の理事長に就任して、あっという間に年の瀬を迎えた。3月25日に閣議で決定され、4月1日に着任という一般常識からは考えられない慌ただしい引っ越しで大阪に戻ってきた。この研究所の世間一般での認知度は低いが、研究活動のレベルは高いと思う。個別の研究活動には触れないが、今後の日本の医学研究を支えるための基盤センターは、国内で有数のものだ。
細胞バンク、動物モデル、薬用植物センター、霊長類センターと日本の医薬品開発の基盤を支えるものがしっかりしている。しかし、定員削減の影響がボディブローのように効いてきている。人は減らすが、基盤はしっかり支えよと言われても無理な話だ。薬用植物センターについては先に触れたが、霊長類は医薬品の安全性やワクチンの有効性を確認するためには必須だ。日本では毎年6000頭の霊長類を輸入していたが、コロナの余波と中国からの輸出制限で危機的状況となっている。米国や韓国では自国供給を確保するために動き出しているが、この国は鈍感だ。霊長類の確保がなくて、ワクチンの有効性や安全性をどう検証するのか、呆れかえるような無策だ。霊長類の国内確保が経済安全保障対策でないと平然と語られる神経が私には理解できない。マウスのように短期間に増やすことができない点も全く理解されていない。
そして、ワクチンは感染症対策の切り札だが、国際的にはワクチン接種に反対する動きが収まらない。はしかなどに対する12-23カ月児のワクチン接種率は、1980年には10%台だったが、1980年代後半に50%を超え、2010年の少し前に80%を超えたが、その後は頭打ちで、コロナ感染症流行前から微減傾向にあった。コロナ感染症流行の影響はまだはっきりしないが、日本のインフルエンザの広がりを見ても不安は尽きない。たとえば、インドでは、はしかが局所的に流行しており、目標であった2023年にはしかを撲滅することは難しいとNature誌の「Massive measles outbreak threatens India’ goal to eliminate disease by 2023」と言うタイトルの論文に書かれていた。
一部の反ワクチン運動には非科学的な部分はあるが、政府が何かを隠しているかもしれないと疑心暗鬼はどこの国でもあるようだ。米国では、ワクチンを子供に受けさせないと考えている両親が共和党支持者に多く、民主党支持者の2倍以上だそうだ。日本でもコロナワクチン接種率は伸び悩んでいるようだが、国民の不安を解消するようなコメントが国から発出されていないのだから仕方がない。子供にはワクチン接種しない方針の国もあるのだから、科学的に明確なメッセージが政府から示させるべきだと思う。一貫して非科学的な対応をしてきた状況に多くの国民は疑惑のまなざしを向けているのだから、政府ははっきりと科学的な根拠を示すべきではないかと思う。
私は、遺伝的な多様性を考えれば、すべての人に安全な薬やワクチンはできないと考える。その上で、ワクチンを受けることの社会的利益・不利益を明確に示して、不利益を受けそうな人を最小限にするような科学的アプローチが必要だと思う。不利益を隠して、ないことにしても、このワクチン接種が長期的に繰り返されると不利益を受ける人は累積して、誰の目にも見えるような時が来るはずだ。このコロナ対策で日本の非科学性が露呈したのだから、反省に立って今後の対応策を練るべきではないかと考える。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年12月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。