日本の取るべき5+1のエネルギー戦略:『武器としてのエネルギー地政学』

野北 和宏

僕は、9年間日立製作所(旧)エネルギー研究所にて沸騰水型原子力発電の核燃料の研究開発に従事し、その間、論文博士として九州大学からも博士号を授与していただきました。その後いまから23年前の1999年に、クイーンズランド大学で金属材料工学の博士研究員として人生を再出発して以降、軽金属合金の鋳造凝固、水素吸蔵合金や鉛フリーハンダの研究と材料工学の講義を生業としています。

というわけで、材料工学者として、教育者としては、僕自身は気候変動やエネルギー政策などに関してはど素人であることをはじめに申し上げておきます。

そんな僕が研究費申請などで、「錦の御旗」として気候変動問題の(間接的な)解決を謳っていることに少しの負い目を感じていた。というのが、最近気候変動やエネルギー政策に関する書物を「趣味」として読むようになったきっかけです。

以前YouTubeで「天然ガスと液化天然ガスって同じじゃない?と思っている人が観る動画」と題して、天然ガスと液化天然ガス(LNG)の違いを説明する動画を配信し、言論プラットフォームアゴラでもその動画記事を紹介していただきました。

その動画を観てくださった岩瀬昇さんがツイートで

 

とコメントをくださったのが、岩瀬さんを知るきっかけです。

「「パイプラインガスは安い、LNGは高い」は大きな誤解」「他にもいくつか根本的誤解があります」とご指摘くださり、岩瀬さんの著作「石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか」をご紹介してくださったのを受けて、その書評も動画記事にすることができました。専門家の方から直接、しかも無料でご指導いただける経験は、インターネット時代の醍醐味だと感じました。そして、僕のエネルギーに纏わる理解が飛躍的に伸びたという経緯があります。

「石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?エネルギー情報学入門」

前置きが長くなってしまいましたが、今回紹介する本は、石油や天然ガスを専門にされているエネルギーアナリストの岩瀬昇さんのエネルギー、特に石油と天然ガスをめぐる世界の、そして日本の政情を理解し、今後を予測するための新刊本です。

岩瀬昇(著)「武器としてのエネルギー地政学」

本書は、全7章で構成されています。

冒頭の第一章の、ロシアのウクライナ侵攻に関するエネルギー問題から見た考察は圧巻です。本の帯で本書を推薦されている、ロシアの専門家、小泉悠さんとの会話や、ロシア人の気質などのやりとりを読んで、石油と天然ガスの科学技術的なことの基本的な理解だけではなく、国家間の文化や政治が複雑に絡むエネルギー問題の奥深さに、思わず唸ってしまいました。

それに続く第二章は、気候変動問題で世界をリードする(?)ヨーロッパの「環境先進国」としての苦悩、そして第一章のロシアのウクライナ侵攻の原因を示唆するエネルギーのロシアへの依存にスポットライトを当てて、エネルギー安全保障の本質を炙り出しています。

第三章は、実は世界最大の産油国であるアメリカに話題は移り、「シェール革命」の背景を詳しく、そして「石油の埋蔵量」に関するトリックの種明かしをされています。断片的なニュースで耳にする「シェールガス」「シェールオイル」そして「石油の埋蔵量」に関する知識を系統的に、しかも面白く学べました。

アメリカの次は当然中国。というわけで第四章は「エネルギー百年の計」を着実に、そしてしたたかに進める中国のエネルギー事情に関してです。中国はスケールの大きさだけではなく、時間軸の長さに関してもスケールが大きく、日本は多くのことを中国から学べるのではないかと感じました。本書にはあまり登場しませんが、西側諸国との社会システムの違いから、原子力発電は今やロシアと中国の独壇場となっています。

第五章は「脱石油」の世界的流れの中、今でもやはりエネルギーの中心にある、「石油」をめぐる中東の事情です。断片的にニュースで聞いたことがある中東関連の事件などが、この章を読んで僕の頭のなかで繋がりました。著者の岩瀬さんのご専門の石油から連想して岩瀬さんは中東に長く滞在されていたものと思っていましたが、21年間の海外在住のうち、中東滞在は2年間で、マーケットそのものはニューヨークとロンドンにあるとのことも僕に取って新鮮な情報でした。

第六章は、各国・地域事情から離れて、気候変動に関する世界的な動きに関するお話です。特に「京都議定書」と「パリ協定」。COP26およびCOP27での各国動向と再エネに関する岩瀬さんのお考えに僕自身は大きく賛同しました。各国の事情に応じたエネルギーベストミックスを実現化し、それぞれエネルギー効率を高めていくのがエネルギー安全保障を考える上で王道であることは、それ自身極めて当たり前のことですが、第一章から六章までの「これでもか!」という各事例で、その王道が王道たる理由がよくわかります。

そして、第七章が日本のエネルギー政策への5+1の提言です。その5つとは、「国民の啓蒙」「国際貿易推進」「技術革新」「備蓄」「国家百年の計に基づくエネルギー政策」そして、+1は「したたかに振舞う」こと。本書で、あまり詳しく触れていないのが、原子力と石炭で、どちらも発電に関しては主要なエネルギー源です。しかし、それらは供給元が安定していて、上記5+1の提言のうち、「国民の啓蒙」以外は石油、天然ガスの確保の方がより深刻な問題なのかもしれません。

現在日本では電力料金の高騰や再エネ、原子力再稼働のニュースが溢れていて、エネルギーと言えば電力のことだと勘違いしている人が多いですが、日本の全エネルギー消費のうち、電力は「投入ベースで4割、消費ベースでは4分の1だけしかない」ことは国民全員が最低限の知識として知っておくべきだと思いました。

「おわりに」では、なぜ「ビジネス社」という無名の(?)出版社から本書を出したかの経緯が書かれています。その部分を読むだけで、著者の岩瀬昇さんの仕事に対する態度がわかり、本書を1760円払って読む価値が大いにあると感じさせるものがありました。

本書を読んで、勉強とは学校だけでやるものではなく、むしろ学校を卒業してからが大切。人生常に勉強し続けないといけないと強く思いました。エネルギー関係の世界のそして日本の情勢を勉強する教科書として本書を強くお勧めします。

動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。