オミクロン株対応2価ワクチンの発症予防効果は71%?

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昨年12月27日までのわが国におけるオミクロン株対応ワクチンの接種人数は4,412万人に達する。全年代の接種率は35%であるが、65歳以上の高齢者に限れば58.9%で、G7諸国の中でも最も高い。発症予防効果も71%と、高い有効性がみられることも報道された。

BA.4/5オミクロン株対応2価ワクチンは、マウスにおいて、中和抗体の上昇が確認されたことのみでアメリカ食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可が得られており、ヒトにおける日本のリアルワールドのデータが存在しないことから、ヒトにおける予防効果の発表が待たれていた。71%という発症予防効果は、国立感染症研究所(感染研)が主導して関東地方の10医療機関が参加した症例対照研究の結果に基づくものである。

ワクチンの予防効果の検討には、コホート研究と症例対照研究とが主に用いられる。コホート研究では、観察対象となる集団の中でどれだけの割合で感染が起こったかを“前向き”に検討する。一方、症例対照研究は、症状を訴えて病院を受診した患者を対象にした“後ろ向き”研究である。コホート研究と比較して、被験者を集めやすく、短期間で結果を得ることができる利点がある。感染率が低ければ両者の結果はよく一致し、症例対象研究はコホート研究の代替となるが、感染率が高ければ両者は乖離する。

昨年の8月に、感染研は症例対照研究の手法を用いて、従来型ワクチンでも、BA.5に対して接種してから3ヶ月未満では65%、3ヶ月以上たっても54%と比較的高い予防効果が期待できることを発表した。NHKや大手メデイアも一斉にこの発表を報道し、従来型ワクチン接種を推奨する根拠としている。

しかし、私が、厚労省の公開データを用いてコホート研究の手法で計算した予防効果は15%に過ぎず、そのことを以前、アゴラの論考に報告したことがある。

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3回目のワクチンを接種した3ヶ月以降の予防効果は、海外からの研究でも15〜25%程度に低下しており、私が計算した数字に近似していた。その後の経過を見れば、従来型ワクチンに感染研が示したような高い予防効果があったとは思われない。

今回のオミクロン株対応2価ワクチンの検討でも、感染率が50%を超えることから同様の問題が生じると思われる。わが国では、昨年の9月以降、オミクロン株対応2価ワクチンや乳幼児対するコロナワクチンの導入が予定されていたことから、国内におけるリアルワールドのワクチン有効率の検討が極めて重要であった。しかし、厚労省が9月以降ワクチンの接種歴別の新規陽性者数を公開しなくなったことから、日本全体を網羅する大規模なデータに基づいて、ワクチンの予防効果を検討する道が閉ざされてしまった。

この点について、昨年10月27日の参議院厚生労働委員会で佐原康之健康局長は、

これまで公開していたワクチン接種歴別の新規感染者数のデータは、ワクチン接種時から検査までの期間が考慮されておらず、コロナへの感染歴など比較する各群の背景因子も異なるなど、ワクチンの効果を検討する目的のものではない。ワクチンの有効性については、しっかりとした研究デザインに基づく研究で明らかにする。

と答弁している。このしっかりとした研究デザインに基づく研究とは、今回の感染研の研究を指していると思われる。

しかし、昨年の4月に接種歴不明者を未接種者にしていたことが問題となり、データを修正したところ、かえってワクチン接種者が未接種者よりも感染率が高いことが判明する以前には、厚労省は、ワクチン接種歴別の新規感染者数のデータを用いて、ワクチン接種の有効性をアピールしていた事実がある。

4月25日には、

厚労省は接種回数による感染者数の違いを調べようと、4月4日から10日の感染者を年代別に分析。20代では10万人当たりの感染者が未接種で766人だったが、2回接種済みでは306人、3回接種済みでは141人まで減っており、オミクロン株にも効果があることが示唆された。

と大手メデイアが報道している。川田龍平参議院議員が国会でデータの改竄を指摘したのは、翌日の4月26日のことである。

症例対照研究では受診した患者に、PCRや抗原検査を行って検査陽性者と陰性者に分類し、ワクチン接種歴に応じてオッズを算出する。オッズは、検査陽性者÷検査陰性者で算出する。有効率は、(1―ワクチン接種者と未接種者のオッズ比)× 100で推定する。

一方、コホート研究は、ワクチンの接種歴で分類した集団における感染率を計算する。感染率が10%以下ならば、オッズは感染率と近似するので、症例対照研究で得られた有効率は、コホート研究で得られた有効率の代替となる。コホート研究の有効率は、(1―ワクチン接種者と未接種者の感染率の比)× 100で推定する。

感染研からの報告を含めて、症例対象研究で、オミクロン株対応2価ワクチンの発症予防効果を検討した研究が、これまでに3報報告されている。2つは、米国からの報告で、BA.4/5対応2価ワクチンの効果を検討したものである。3報とも、研究の実施期間は2022年の9月から11月であり、BA.5の流行期に実施された。

表1は感染研、表2はIncreasing Community Access to Testing Program(ICATT program)、表3はVISION Networkから報告されたデータをもとに著者が算出した発症予防効果を示す。

元の論文では、年齢、性別などを調整変数としてロジスティック回帰モデルを用いて算出した調整オッズを算出しているが、今回は、個々の変数値は得られないので、単に検査陽性者数を検査陰性者数で割ってオッズを算出した。

2価ワクチン接種者のオッズと未接種者のオッズとで得られたオッズ比から計算された値が絶対発症予防効果である。従来型ワクチン接種者とのオッズ比で得られた値は、従来型ワクチン接種者におけるオミクロン株対応2価ワクチンの上乗せ効果を意味しており、相対発症予防効果と呼ばれる。わが国では、オミクロン株対応2価ワクチンを接種するには、従来型ワクチンを2回以上接種していることが必須であることから、絶対発症予防効果よりも、相対発症予防効果がより実情に近い。

表1に示す感染研からの報告注1)では、BA.4/5対応2価ワクチン接種14日以降の対象者は43人にすぎず、そのオッズは0.87であった。従来型ワクチンの2回、3回、4回接種者のオッズは、1.05、1.04、0.89なので、相対発症予防効果は17%、16%、2%であった。未接種者のオッズは1.60なので、絶対発症予防効果は46%である。

表1 オミクロン対応2価ワクチンの発症予防効果 (Ⅰ)
国立感染症研究所のデータをもとに著者が作成

表2に示すICATTの症例対照研究注2)による従来型ワクチンの2回接種、3回接種、4回接種者の相対発症予防効果は、30%、44%、50%で、絶対発症予防効果は12%であった。

表2 オミクロン対応2価ワクチンの発症予防効果 (Ⅱ)
ICATTのデータをもとに著者が作成

表3にはVISION Networkからの研究結果注3)を示す。従来型ワクチンの2回接種、3回接種、4回接種者の相対予防効果は、46%、46%、36%で、未接種者における絶対予防効果は50%であった。

表3 オミクロン対応2価ワクチンの発症予防効果 (Ⅲ)
VISION Networkのデータをもとに著者が作成

ワクチンの相対予防効果は、従来型ワクチンの最終接種日からの経過期間で大きく異なる。最終接種日からの経過が長いと、予防効果は高くなる傾向がある。

論文に記されたVision Networkからの予防効果は、最終接種日から2〜4ヶ月では31%、5〜7ヶ月では42%、8〜10ヶ月では53%、11ヶ月以上では50%であった。この値は、ロジスティック回帰モデルによる調整オッズを用いずに、表3に示すオッズを用いて得られた36〜46%と大きく違うことはなかった。

感染研の報告では、表4に示すように絶対発症予防効果を表にして紹介している。オミクロン株対応2価ワクチンの効果は、米国のICATT からの報告より優れており、予防効果は高程度であったと記載されている。この発表を受けて、NHKを初め各メデイアは、オミクロン対応2価ワクチンで71%の高い発症予防効果がみられると報告している。

本論考で述べたように、わが国ではオミクロン株対応2価ワクチンを接種するのに、従来型ワクチンの接種を必須としているので、相対予防効果の方が実情に即しているが、感染研の発表では従来型ワクチン接種から3〜6ヶ月後の相対発症予防効果は30%に過ぎなかった。

表4 オミクロン対応2価ワクチンの発症予防効果
国立感染症研究所

また、感染研の発表は症例対照研究による結果なので、感染率が50%に達する今回の研究では、コホート研究で得られる結果とは大きく乖離している可能性も指摘しなければならない。先に述べたように、従来型ワクチンのBA.5に対する予防効果は、感染研が症例対象研究で検討した場合は50%を超えていたが、同じ時期に、コホート研究で得られた予防効果は15%に過ぎなかった。

ワクチンの追加接種率が世界でトップでありながら、BA.5による感染者数も世界で最多であるわが国の現状を直視すれば、オミクロン株対応2価ワクチンで高い発症予防効果が得られるとする感染研の発表をにわかには信じることはできない。

しかし、感染研の発表する数字のほかには、わが国におけるコロナワクチンの有効率を知る術がないのが、現実である。

注1)新型コロナワクチンの有効性を検討した症例対照研究の暫定報告(第五報):オミクロン対応2価ワクチンの有効性

注2)Effectiveness of Bivalent mRNA Vaccines in Preventing Symptomatic SARS-CoV-2 Infection — Increasing Community Access to Testing Program, United States, September–November 2022, 

注3)Early Estimates of Bivalent mRNA Vaccine Effectiveness in Preventing COVID-19–Associated Emergency Department or Urgent Care Encounters and Hospitalizations Among Immunocompetent Adults — VISION Network, Nine States, September–November 2022,