今週発表された財務省貿易統計の速報値で、医薬品貿易赤字額は、4兆5584億円となった。輸出額は増えて1兆1428億円と初めての1兆越えとなったが、それをはるかに上回る5兆7012億円の輸入額となり、貿易赤字は昨年度より1兆円以上の増となった。
円安の影響で5兆円を超えるかも・・と思っていたが、昨年度よりも大きく悪化し、この分野の赤字は、日本の昨年度の貿易赤字の20%を占めている。円安の影響があったとはいえ、本当にこれでいいのかと思う数字だ。
下図からわかるように2010年以降の赤字急増は国家的な危機意識があってしかるべきだが、この国の打つ手は同じ失敗のくり返しだ。
日本が画期的新薬の開発競争に乗り遅れた最大の要因はゲノム研究に対するリテラシーの低さだ。20世紀から21世紀に代わる頃、薬剤標的になる分子を見つけて、それをもとに薬剤を開発するといったパラダイムシフトが起こった。標的を見つけるためには、ゲノム研究が鍵となったが、そこで決定的な差がついた。ゲノム研究そのものは国際的に高いレベルの時もあったが、それと創薬が結びつかなかった。
そして、国際治験の一翼を担っていることだけで医師をもてはやす風潮が、画期的新薬を日本から発出するための逆風となった。日本発の薬剤を開発するには、日本の中で第1相・第2相臨床試験に挑むことが必要だが、この部分は依然として非常に弱い。役所などはベンチャー支援と叫んでいるが、その支援は中途半端な限りだ。コロナワクチンに関しては、気前よく研究費が配分されていたが、その審査もかなり政治的だった。
ワクチン開発をするには、ある程度感染症が広がっている時期(地域)を対象にしない限り、意味のある差が出るはずもない。リアルタイムでの情報収集が不可欠だ。
コロナ感染症の経口治療薬開発は現状のままでは絶対に国内で臨床試験はできない。そもそも、タミフルやリレンザのようなインフルエンザ治療薬には発症早期に服用するようにとの注意が書かれている。臨床試験を速やかに進めるためには、リアルタイムで、どこに、どの程度の重症度の患者さんがいるのかをリアルタイムで把握する必要がある。
コロナ騒動から3年間も経つのに、残念ながらリアルタイムでの情報収集システムができたという話を聞かない。この状況でどのように対象患者を見つけるのか?
永田町や霞が関、そして大手町で、感染症対策として大きなプロジェクトが動き出している。ワクチンや治療薬を開発する方向に向かっているのはいいことだが、有効性を検証する仕組みについては全くと言っていいほど検討されていない。
日本が医学・医療分野で失地挽回を図り、国際競争力を取り戻すためには、すべてを俯瞰的に見て考えていく人材の発掘が必要だ。視野狭窄の研究者と現場を知らない役人が鉛筆を舐めながら国家予算を差配する。この仕組みが日本をダメにしている。
私が2000年前後にお世話になった科学技術庁の官僚には、大きなビジョンを理解できる人たちがたくさんいたが、今はほぼ皆無と言っていい。20〜30年後の医療の姿をシミュレーションして、将来を見据えた戦略を立て、戦術に落としこむことができるような若手研究者と若手官僚を見つけ出すことが急務だ。
今日の遅れを取り戻すために四苦八苦しているような状況では、彼我の差は拡大する一方で、日の丸の誇りは日々失われ、霞んでいく。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。