人は魅力でしか縛れない

黒坂岳央です。

「人は魅力でしか縛れない」

これはとても有名な一節であり、主に恋愛関係の文脈においてあちこちで使われている。だがこの言葉、恋愛関係に限定されず、国際社会やビジネスひいては人間関係の本質中の本質をついていると感じられる。

とかく、人や国家は「権力」「暴力」「経済力」「契約」といった力で相手を縛ろうとされがちだが、最終的に相手を縛ることができるのは契約やマネーではなく「魅力」という力しかないと思っている。

Yue_/iStock

アメリカは「魅力」で発展した国家である

中国では長きにわたって頭脳流出(brain drain)が問題視されていた。時にはHuman flight and brain drain indexという言葉を使うこともある。しかし、近年の中国における目覚ましい経済発展により、米国へ流出した優秀な中国人が祖国へ戻るという「頭脳流出の逆流」のトレンドが続いていた。

だが直近まで発生していたゼロコロナ政策やメガテックカンパニーへの締め付け強化で嫌気が差した中国人富裕層は、日本への移住を目指した(過去記事中国人富裕層がアメリカではなく日本へ移住する理由を参照されたい)。これはつまるところ、強権で縛ることができるのは権力への対抗する力を持たざる者であり、優秀な頭脳は自由を求めて流出する。これを国家間の人の移動で示している。

翻って米国においては世界中から優秀な頭脳を集めることに成功し続けてきた。今、アメリカは急速に人口減少へ近づいているでも書いた通り、アメリカにとっての移民とは、地政学的なチートコードであり画期的な技術、特許、ノーベル賞をもたらし、より具体的にいうなら半導体やAI、量子コンピューターの進歩を促進する存在である。

今日におけるアメリカの繁栄は経済力、自由、チャンスといった「魅力」の力で才能を集めることに成功して来たからだ。アメリカは自由経済、資本主義社会の王者として、優秀な才能を厚遇する国家である。才能あふれる人材をその魅力で迎え入れてきたと言えるだろう。

アメリカと中国の国家間の人の移動を見ることからも、究極的に人を縛ることができるのは魅力なのである。

人間関係も「魅力」でしか継続し得ない

これをいうととても冷徹でビジネスライクな発言と思われてしまいそうだが、筆者は究極的には人間関係さえも「魅力」を持つ者同士でしか継続し得ないと思っている。

ビジネスの関係とはすなわち、価値交換がその本質となっている。身近な例で言えばコンビニは利用客との間で利便性や商品と金銭を等価値交換する空間である。BtoB、BtoC、CtoCでも何でも同じだ。片方だけが得をするという関係性はあり得ず、日本においては金銭と商品サービスとの交換が原則となっている。

翻って人間関係においてもこの原則は生きると思っている。人間関係においては、商品サービスと金銭との交換ではないが、その代わりに「一緒にいてホッとする優しさ」とか「こちらの話をちゃんと聞いて共感や的確なアドバイスをくれる」といったような人心交流が基本である。しかし、これが継続するケースはビジネスと同じく、等価交換が成立する場合に限られるだろう(親子や親族は除く)。

たとえば相手は一方的に話をするが、こちらの話をまったく聞いてくれないとか、いつも不快なマウンティングばかりしてくるということなら、その関係性は続かないだろう。相応に魅力を感じる場合にのみ、人間関係は継続し得るのだ。

人間関係が終わる時

人間関係は永遠ではない。双方、どちらかが相手にとっての魅力を提供できなくなった時に終焉を迎えるのである。

たとえば「価値観の不一致」が挙げられる。人間は「生まれ持った性格」はそう簡単に変わらない一方で、「価値観」は人生経験でいくらでも変わる。たとえばせっかちな人は一度、大きな自動車事故を起こせば普段はせっかちでも少なくとも運転中は落ち着いて運転するような価値観に変わる事はありえる。

話を戻すが若い頃に話があう者同士でも、その後の人生経験で価値観が大きく変化したことで、理解共通性を失ってしまえばお互いに魅力の等価交換は難しくなってしまう。この場合は冷たいようだが改善は難しいため、no deal、すなわち撤退しかない。

筆者はこれを過去に何度も経験した。小学校の時はとても中の良かったクラスメイトに久しぶりにあって食事をしたが、全然話が噛み合わないといった具合である。もちろん、必ずしも相手側の問題というわけでなく自分の都合に起因する問題もあり得ることを忘れてはいけない。

人間関係は相手を魅力でしか縛ることはできない。つまり、(あくまで相手にとって)魅力を失えばもはや縛ることはできなくなるということなのだ。そう考えると人間関係とは、本当に薄氷を歩くような関係性で成り立っているものだと思わされるのである。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。