東京電力の柏崎刈羽原発(新潟県)に、原子力規制委員会が2021年4月に運転禁止を命じてからまる2年たった。山中伸介委員長は3月8日の記者会見で「(5月に予定していた)是正措置命令の解除はかなりむずかしい」と述べ、解除が夏以降になる見通しを示した。
この調子では再稼動は越年し、今年の夏ばかりか冬にも間に合わない可能性が出てきた。いま東電が申請している規制料金の値上げは柏崎の再稼動を織り込んでいるので、これが遅れると、さらなる値上げは避けられない。
2年たっても解除されない「是正措置命令」
柏崎原発は2017年、原子力規制委員会の審査に合格したが、2020年9月に作業員がIDカードをなくして他人のIDで中央制御室に入ったことが発覚し、委員会は21年に是正措置命令(運転禁止令)を出した。これをきっかけに所内の「テロ対策」点検が始まり、是正措置命令を解除する基準として27項目の点検項目を指定した。
東電は2022年度に5050億円経常赤字を出し、銀行の緊急融資を受ける状態だ。今年1月の規制料金は家庭向け標準モデルで9126円で、昨年から約50%上がった。東電は6月以降さらに29.3%引き上げを申請したが、政府はこの値上げ幅を17.6%に圧縮するよう命じた。
この料金算定の前提として、東電は柏崎刈羽7号機の再稼働を10月、6号機を25年4月とし、2基が動けば年3900億円コストが削減できると見込んでいたので、再稼動できないと約6%、コストが上がる。
日本の電気代は、2年前に比べて平均61%も上がったが、この流れは今後も続く。そんな状況で、さらに電気料金の上がるのを放置していいのだろうか。
テロ対策は原子炉を止めないと検査できないのか
化石燃料の価格が上がった分を転嫁するのはしょうがないとして、このテロ対策とは何だろうか。原子力規制委員会の検査結果によると、27項目のうち次の6項目が不備だったという。
- 侵入検知装置の信号が伝わらない
- 侵入検知器の取り付け器具の腐食
- 誤警報を減らす取り組みが不十分
- 核物質防護マニュアルの運用が徹底されない
- 気づき事項を記録せず議論も低調
- 課題を管理職に共有せず問題を的確に把握できない
確かに侵入検知器は正常に作動したほうがいいだろうが、その検査は原子炉を止めないとできないのか。これまで世界の歴史上、テロリストが原発の中央制御室に入った事件は、一度も起こっていない。
ところが原子力規制委員会は、公式に確率論的リスク評価(PRA)を採用していない。テロリストの侵入する確率は、これまでの経験から帰納するとゼロなので、その対策は無意味になってしまうからだ。
事故の確率は低いほうがいいに決まっているが、安全審査は、運転と並行してやればいい。是正措置命令には法的根拠があるが、それ以外の原発を止めているのは法的根拠がない。委員会は経済的な被害を考えないでゼロリスクを追及している。
初代の田中俊一規制委員長は「経済性を考えるのはわれわれの仕事ではない」と公言したが、山中委員長も費用対効果を考えないのだろうか。この6項目を完璧に実施することによって事故のリスク(被害×確率)がどれぐらい低くなるのか、それをなくすメリットは毎年3900億円の機会費用より大きいのか、山中委員長は説明する責任がある。
エネルギー問題には、このように政治がからんで複雑になり、消費者の知らないところで莫大な浪費が行われている。4月7日から始まるアゴラ経済塾「グリーン経済学への招待」では、このようなドロドロした政治の問題も含めて、環境問題を経済学的に考えたい。