金融を利用している実業や家計の経済活動は、正の価値を創造しているが、金融自体は、金融の利用費用を発生させるので、負の価値しかない。金融が虚業といわれる理由である。虚業が成立するのは、経済活動の正の価値が金融の負の価値よりも大きいからである。故に、金融庁が好んで用いる表現によれば、金融と経済活動は協働して純価値を生むという意味で、金融の働きは顧客との共通価値の創造になるわけである。
金融機能の提供は、顧客との共通価値を創造できるためには、顧客の需要に正しく適合していなければならず、需要に正しく適合できるためには、顧客に関する完全な情報を必要とする。例えば、家計の資金の動きの反対勘定として、金融の動きがあるのだから、金融的側面に関する情報よりも、生きた家計に関する情報のほうが重要なのである。
金融を含めた商業の基本は、生身の人と人との関係である。金融機関の人間は、人間である顧客との間で、生きた経済活動の話ができなくてはならず、そうした対話のなかから、顧客に関する真の情報が自然と知られてくるのであって、そのような関係性の構築が真の顧客本位なのである。
聞かずとも教えてくれる関係、それが理想である。顧客が業者に問うことで、問う動機が明瞭に業者に伝わり、業者は適切に対応できるが、逆に、業者が顧客に問えば、問う下心を暴露するから、問うてはならない、これが商業の基本であり常識である。しかし、この常識を超えたところに、もうひとつ上の理念がある。それが顧客本位なのである。
つまり、真の顧客本位では、顧客の側が問われるまでもなく積極的に業者に情報を提供するので、業者は常に最善の対応が可能になるのである。わかりやすい例が医師と患者の関係である。患者は医師に全ての症状を報告する。そうしないと、最善の治療が受けられず、患者の不利益になるからである。患者は、問われずとも、自己の利益のために、積極的に語るのである。
ここに、顧客本位の要諦がある。顧客本位とは、顧客が自己の利益のために金融機関に積極的に情報を提供するような関係の構築なのである。この関係が構築できるためには、金融機関は顧客の利益の視点で最善の提案を保証しなければならない。最善を保証するから、顧客は問われずとも語る、これが顧客本位の本質である。
顧客が問われずとも金融機関に語ることは、金融機関への信頼の表明であり、顧客の利益の視点での最善の提案を期待する意思の表明である。翻って、現状を顧みるに、金融機関は顧客に問うことで営業の野心を暴露し、顧客は警戒して口を閉ざすことで不信を表明しているのである。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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