今年1月末、ロシア司法当局はロシア語と英語で情報を発信するニュースサイト「メドゥーサ」を非合法化すると発表した。ラトビアに拠点を置くメドゥーサは約1500万人の読者を持ち、ロシア語の独立系サイトとしては最大手とされている。昨年2月末のウクライナ侵攻以来、ロシアでは政府によるメディア統制が厳格化している。非合法化までの経緯をたどる。
メドゥーサの発足経緯
メドゥーサの発足は、2014年秋。きっかけは同年3月、ロシアのニュースサイト大手「Lenta.ru」(本社モスクワ、1999年創設)のガリーナ・ティムチェンコ編集長の解任だった。
3月10日、同サイトがウクライナの極右組織「右派セクター」の中心人物アンドレイ・タラセンコ氏のインタビューを掲載すると、ロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(Roskomnadzor)はLenta.ruがメディアや情報にかかわる複数の法律及び過激思想を取り締まる法律を違反したとする声明文を発表した。インタビューにはウクライナ市民に向かって武装蜂起を呼びかける同セクターの創設者ドミトリー・ヤロン氏によるメッセージへのリンクが入っていた。ロシア連邦予審委員会は先に同氏をテロ行為扇動の罪で刑事告訴している。
Roskomnadzorの声明文発表を受けて、Lenta.ruの所有者で親プーチン派とされる億万長者アレキサンダー・マムート氏はティムチェンコ編集長を解任した。84人の編集スタッフの中で30人を超える人員が解任され、この中の仲間とともにティムチェンコ氏が立ち上げたのが、メドゥーサである(2014年10月)。ラトビア・リガを拠点としたのは「独立系メディアをロシアで始めるのは、困難」という理由による(ティムチェンコ氏、複数のメディアインタビューにて)。
創刊編集長のティムチェンコ氏は、現在、メドゥーサの所有者兼最高経営責任者となり、編集長にはイヴァン・コルパコフ氏、2015年に開始した英語版編集責任者にはケヴィン・ロスロック氏が就任している。2017年からは米ニュースサイト「BuzzFeed」と記事の共有や共同調査などで提携中だ。
メドゥーサはその「行動規範」として、①独立性、②客観性と不偏不党、③真実性と信頼性、④責任、⑤職業倫理(個人の生活、信念などに干渉しない、非暴力など)を掲げている。ウェブサイト以外にもマルチのプラットフォームでジャーナリズムを提供しており、フェイスブックを始めとするソーシャルメディア、メッセージアプリ「テレグラム」、日々のニュースレター「ザ・ビート」、ポッドキャスト「ザ・ネイキッド・プラダ」などを活用している。
ロシア当局との戦い
ロシア政府の批判をいとわないメドゥーサは、当局による言論統制の対象となってきた。2021年5月には、「外国の代理人」と指定された。「スパイ」という意味である。これを機に、ロシア国内の企業からの広告収入は事実上、全滅した。ロシア国内でのサイトへのアクセスは封鎖されているが、私設通信網「VPN」を利用してやってくる人が多いという。メドゥーサは海外からの購読支援に力を入れており、ウェブサイトを通じて寄付ができる。
迫害を受けながらもメドゥーサがサイトを継続できるのは、拠点をロシアの外に置いていること、複数のプラットフォームでニュースを出していること、アクセス封鎖を迂回する技術をアプリに入れていることなど。サイトをPDFで保存し、これをサイトにアクセスできない人と共有する手法も取られているという。
昨年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した日、メドゥーサは戦争反対の論説を掲載し、アクセスを封鎖された。今年1月26日には、ロシアの検察総長がメドゥーサを非合法で「望ましくない組織」と指定した。その活動が「ロシア連邦政府の憲法上の秩序と国家の安全保障の土台に脅威を与える」という。この決定はメドゥーサのジャーナリズム活動を運営する会社「メドゥーサ・プロジェクトSIA」に向けられたものだ。
「望ましくない組織」への指定で、ロシア国内での活動は禁止されたも同然だ。協力をした人物も重罪に問われる可能性があるため、報道のために取材対象と接触せざるを得ないジャーナリストの手足を縛る。
ロシア政府が「望ましくない組織」の指定を始めたのは、2015年。
国際新聞編集者協会(IPI)の調べによると、米国、欧州連合(EU)に拠点を置く数十の組織が指定された。国際的調査組織「べリングキャット」や「ザ・インサイダー」は昨年7月に指定対象になった。一方、ロシアの独立メディアでこれに該当したのは一握りだ。
プーチン大統領に近い人物らによる汚職疑惑を調査した「Proekt」(2021年)、調査機関「組織犯罪と腐敗報告プロジェクト(OCCRP)」(2022年)とこれが支える「iStories Vazhnye Istorii」など。IPIは、メドゥーサに対する「望ましくない組織」としての指定はその活動への「脅し」と表現し、ロシア政府に対し指定の即刻解除を求めた。
昨年のウクライナ侵攻以降、ロシアでは紛争を「侵攻」あるいは「戦争」という表現で報じることが禁止されている。ロシアの唯一の独立系テレビ「テレビレイン」などは国内での活動停止に追い込まれた。
ロシア軍に関する「偽情報」の拡散を最高15年の実刑で処罰する改正刑法も成立し、ロシアの独立系人権モニター組織「Ovd-Info」によれば、少なくとも130人余が刑事訴追に直面しているという。
一部のジャーナリストたちはラトビア、リトアニア、グルジアなどに脱出し、報道を続けている。メドゥーサのコルパコフ編集長によると昨年3月時点で専従スタッフは国外に出ていたが、フリーランスのネットワークを通じてロシアの様子を報道してきたという(英「フィナンシャル・タイムズ」紙、1月26日付)。
ウクライナ戦争勃発から1年余だが、終息への見通しは立っていない。日を追うごとに、ウクライナ側は欧米主要国に対し戦闘力がより高い武器供与を要求しており、主要国側はこれに応じざるを得ない状況だ。言論統制を強化するプーチン政権が続く限り、ロシア語メディアへの締め付けは続きそうだ。
(新聞通信調査会発行の「メディア展望」3月号に掲載された、筆者記事に補足しました。)
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2023年4月9日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。