商業不動産物件の連鎖破綻でアメリカ中の大都市が廃墟に?

こんにちは。

今週月曜日に開示されたバンク・オブ・アメリカの2023年第1四半期決算が予想外の好収益を示したために、早くも「もうアメリカの銀行業界は危機を脱した」といった声も聞かれるようになりました。

たしかに、営業収益、純利益、1株利益すべてにわたって、前年同期比2ケタの増収増益ですから、一見文句のつけようがない決算です。

公表数値は威勢が良かったのですが、その陰で先日来何度か指摘させていただいた含み損が肥大化していることを感じさせる数字も散見される、表を見るか裏を見るかでずいぶん印象の違う決算でした。

Sean Pavone/iStock

含み損は拡大している?

まず、そのへんから検証していきましょう。

実際に計上した貸し倒れ損失は、じわじわ確実に増加しているというだけのことです。まだ融資総額の0.5%にも達していません。ただ、貸し倒れ引当金は去年第4四半期よりやや減少させているのに、前年同期比で見るとじつに31倍になっています。

これはやはり、平穏無事な時代の銀行が開示する決算ではありません。臨戦態勢に入った企業の決算です。しかも、どうやら去年の第2四半期(4~6月)には、臨戦態勢に入っていたようです。

さらに貸し倒れ損失を消費者向けと企業向けに分けてみると、いっそう気がかりな点が出てきます。

消費者向けローンでは常にある程度の貸し倒れが生ずることは織り込み済みです。また、企業向けの中でも、中小企業向けは貸し倒れの発生頻度はやや高めになります。

ところが、2022年第4四半期、そして今年の第1四半期と2四半期続けて本業中の本業であるはずの商工ローンで急激に貸し倒れが増えています。まだ金額は消費者向けに比べれば5分の1程度ですが、この増え方は気になります。

これは3月24日投稿の「銀行連鎖破綻で確認できた米ドル覇権の終わり」でも指摘させていただいたことですが、アメリカの銀行業界は副業というべき証券投資で古今未曾有と言ってもいいほどの巨額の含み損を抱えています。

約2600億ドルにのぼる銀行業界全体の純営業利益をもってしても、この含み損を全部消却するには2年以上かかるという金額です。

つまり、現在のアメリカ銀行業界は本業では石橋を叩いて「絶対大丈夫」と思っても、それでも渡ることを躊躇するほど、慎重な経営を迫られているはずなのです。

サービス業主導経済では投資の役割が軽くなる

それなのになぜ、本業の融資でもボロボロと貸し倒れが出てきているかと言えば、結局のところ、企業があまりカネを借りてくれなくなってしまったからなのです。

バンク・オブ・アメリカの場合も、預金総額のうち融資で運用できているのはかろうじて50%強で、残りは融資以外で運用せざるを得ない状況です。

したがって、2022年のアメリカの金融市場のように株価はだらだら下げ基調の上に、金利は急騰を続けて保有債券の価格が急落したりすると、莫大な含み損を抱えてしまうわけです。

企業があまり投資を重視せず、したがって銀行から借金をしてまで大型投資をすることはめったになくなった事情は次の2枚組グラフによく出ています。

上段が、企業が自社の営業活動で得たキャッシュフローと銀行などからの借入金をどんな用途に遣っているかを示しています。

ご覧のとおり、設備投資やR&D投資といった将来の収益を拡大するための投資は少なくなりつづけ、配当や自社株買いといった株主還元の比重が高まっています

下段は、企業全体としての借入金プラス社債発行残高がGDPに占めるシェアですが、1980年代までは長期間を通じた中央値である5%弱を上回る年が大部分でした。

逆に1990年代以降は、中央値を下回る年のほうが多くなっています。時には新たな借入金と過去の借入の返済がほぼゼロになったり、新規借入より過去の借入を返済する額のほうが多くなったりもしています。それが、マイナスのシェアが意味することです。

私はアメリカだけではなく、先進諸国の銀行はすべて徐々にダウンサイジングをして、あまり巨額の投資を必要としないサービス業主導経済にふさわしいスリムな業界に変身すべきだと考えています。

日本の銀行業界などは、1980年代末のバブル期に比べれば、融資総額にしても営業収益にしてもずいぶんGDPに占めるシェアを減らしてきて、世界中の銀行業界のお手本だと思うのですが、経営陣の方々はどうやらそれがご不満の様子です。

Fedのミルク補給で安全に稼げていた米大手銀行

アメリカの銀行業界が順調に業績を伸ばしてきたように見えるのは、銀行が連邦準備制度(Fed)に開いた口座に法律で定められた以上の準備を置いたりFedに1晩だけアメリカ国債を貸したりすると、低金利のご時世では破格の高金利を受け取れていたからです。

保有している米国債を連邦準備銀行に1泊させるだけで金利が稼げる仕組みのことをリバースレポといいます。Fedがフェデラルファンド金利を急上昇させていたうちは、リスクゼロで、しかも高金利が稼げるということで銀行にも迷う余地がありませんでした。

ところが、直近ではリスクを取る気さえあれば、もう少し大きな利ざやが稼げる状況に少しずつ変わりつつあります

ご覧のとおり、リスクを取って一般企業の発行した社債を買うより、ノーリスクの超過準備やリバースレポのほうが高い金利を稼げるという異常事態がようやく終わろうとしているのです。

銀行業界には、ここで積極的にリスクを取る運用をする準備ができているでしょうか。残念ながら、私は無理だと思います

先ほどご紹介したとおり、すでに証券投資で出した莫大な含み損があります。それに加えて、企業向け融資の中でもかなりリスクを伴う商業不動産向け融資が、今後本格的に焦げ付く可能性が非常に高いのです。

リスクが急拡大しつつある商業用不動産融資

まずバンク・オブ・アメリカを例にとってアメリカの大手銀行の融資ポートフォリオに商業用不動産融資が占める位置を確認しておきましょう。

右側のグラフでおわかりのように、商業不動産融資が企業向け融資に占めるシェアは2019年の21.2%から今年第1四半期の12.3%へとかなり大きく減少しています。ですが、融資全体に占めるシェアはほぼ不変です。

つまり、危険回避のために消費者向け融資から企業向け融資への転換は進んだけれども、その企業向け融資の中ではかなりリスクの高い商業不動産向け融資が融資全体に占めるシェアは下がっていないのです。

多くの銀行で商業用不動産投資中最大のウエイトがかかっているのはオフィスビル開発です。バンク・オブ・アメリカでも商業用不動産向け融資総額730億ドルのうち187億ドル、26%がオフィスビル開発向けでした。

2020年春の第1次コロナ騒動で多くの都市がロックダウンを実施したアメリカでは、その後丸3年になるというのに、オフィスビルの多くが抜け殻状態のまま放置されています。

大企業テナントなどの場合、賃借中の面積を圧縮することは経営不振を疑われたりするので、契約期間中に賃借面積を削ったり、別の小さなスペースに転居することはあまりしません

ですが、借りている面積の中でどの程度が実際に従業員が出社して使っているかとなると、恐るべき数字が出ています

私が仮に入居床占有率と訳したのは、きちんと契約を取り交わしたテナントが賃借中の面積を指す入居率のことではありません

入居テナントの従業員がどの程度実際にオフィスに来て仕事をしているかを示す数字で、これはオフィス警備・安全保障などの大手企業、キャッスル社が自社の管理物件の入館証の利用状況から推計しています。

もう第1次コロナ騒動が始まってから3年、ほぼ平常どおりの生活に戻ってからも約1年経つというのに、アメリカの大都市オフィスビルの入居床占有率は、まだコロナ騒動勃発直前の水準に比べて半分にも達していないのです。

これはあまりにも深刻な数字なので、民間企業1社だけの推計で判断するのは危険と思って、いろいろほかの推計を探してみました。都市学部を持つほど積極的に大都市圏問題に関わっているトロント大学が、まさにそうしたセカンド・オピニオンを出してくれています

なかなかユニークな発想で大都市圏の経済・社会活動が盛んか不振かを調べています携帯電話の使用頻度を、どの程度経済・社会活動がおこなわれているかの代理変数にするというのです。

ちょっと考えると、会う必要を無しで済ませるためにも使う道具なので、実際に特定の都市圏で人間がどのくらい活発に動き回っているかを測定するには向かないような気がします。

でも、私は昔から電話などによる通信は実際になま身の人間が会うことの代替財ではなく、補完財だと思っていました。

携帯でひんぱんに連絡を取り合うことがらを考えれば、だれかと会う日時や場所の連絡、行ったことのない場所に行くための案内を受けるためということが多いような気がします。

この携帯電話の使用頻度によって推計したアメリカ・カナダ合わせて62都市圏の活動ぶりは、コロナ前に比べて中央値で61%となりました。入居床占有率よりはマシですが、それでもやはりまだ4割近く都市活動が低下したままだという結果が出ています。

そのうちから特徴的な8都市圏を選んで活動状況を図示したのが、次のグラフです。

古くからの大都市がけっこう善戦している反面、サンフランシスコやシアトルなどの「シリコンバレー」系の人々が多い都市は惨憺たる状態です。

なお、サンフランシスコと同じカリフォルニア州の大都市でも、ロサンゼルスはシリコンバレー人脈とは縁が薄く、反面ロサンゼルス・ロングビーチ港がアメリカ最大の輸出入の窓口となっていて、しっかりした実物経済の基盤を持った都市です。

その結果、ロックダウンなどの被害も小さく済んで、比較的順調に回復しているのではないかと思います。

なお、この8都市にも入っているアトランタ、シカゴ、サンフランシスコに別の3都市を加えて、コロナショックのどん底からの回復を経緯を見たのが、次のグラフです。

人口でも経済活動でも北米大陸の中で突出して大きな都市であるニューヨークが、ロサンゼルス以上に健闘していることにはホッとしますが、それにしても完全に本格回復の軌道に乗ったかと思った2022年の6月末頃から、また経済活動が萎縮し始めたようです。

去年後半の反落はおそらく在宅勤務後遺症

この点については、私はひとつの仮説を持っています。

ちょうどこのころから、ハイテク大手の人員削減が目立ち始めたのは、華やかなイメージで在宅勤務をはやし立てていたハイテク大手各社のあいだで、在宅勤務の普及が余剰人員の多さを認識するきっかけになったのではないでしょうか。

当人は在宅勤務のほうが生産性が上がると思っているけれども、経営陣から見るとなんの成果も出せていない。きちんと出社するようにと業務命令を出しても従わない。いてもどうせ戦力にならないのだからと、大量解雇という事態にいたる。

こんな光景が、アメリカ中の大都市オフィスで見られたのではないでしょうか。中小都市では、ハイテク大手が大量に冗員を抱えていたということがほとんどなかったので、コロナ被害からの回復も比較的順調に進んでいるのだと思います。

それとともに、アメリカでは治安の良し悪しなどもかなり影響して、大都市になるほどいったん低下した都市活動を再稼動させるのに苦労が多いようです。

100万人をほんのちょっと上回るだけの人口しかいない都市なのに、華麗な大都会のイメージばかりが先行していたサンフランシスコと、しっかり地域に根付いた実物経済が生き残っている大都市、ニューヨークとロサンゼルスを3つの例外として、アメリカは都市規模が大きくなるほど、あらゆる自然災害や人災への対応がむずかしくなる国だと実感します。

事情はどうあれ、今後ハイテク大手の大量解雇をきっかけに、大都市圏中心にオフィス床需要の大収縮が起きることは間違いないでしょう。

大収縮するオフィス市場のツケはだれに回る?

間の悪いことに、2023年から2027年まで商業用不動産開発ローンの返済期限が集中していて、この5年間で合計2兆5000億ドルの償還が見こまれています。

当然のことながら、約定どおりの返済ができない開発業者も多くなるでしょう。貸し手の中で最大のシェアを占めているのは銀行ですが、不動産のビッグプロジェクトといえば、ほとんど大手銀行が融資の主力となる日本と違って、アメリカでは主役は中小銀行なのです。

このグラフを見ると、アメリカの大手銀行はもう2017年頃から商業用不動産向け融資は5000億ドル前後で横ばいに維持し、2020年からは若干とは言え減少させてきたことがわかります。

やはり、ほかにいろいろ儲け口があるアメリカの大手銀行にとって商業用不動産融資は取る必要のないリスクだったのでしょう。

一方、異常な低金利の中で大手ほどはFedからのミルク補給も期待できない中小銀行は、リスクは承知の上でこの分野を積極的に増やさざるを得なかったのだろうと思います。

銀行からの商業用不動産向け融資に占める中小銀行のシェアも、たった8年で57%から72%まで伸びました

この状況でバンク・オブ・アメリカの好決算に便乗して中小銀行株のETFであるKREまで反発したと聞いてびっくりしたのですが、わずか2日間と3ヵ月弱のチャートを見比べれば、コップの中の嵐とさえ言えないほど小さな反発にとどまっていたことがわかります。

全米各地で、大手不動産投資信託(REIT)が借入金の返済に困って融資団に開発中あるいは稼働中の不動産物件を渡して解散するという事態が始まりつつあります

残念なことですが、この期に及んで中小銀行の連鎖破綻を回避することは、ほぼ不可能に近いのではないかと思います。

中小銀行に次ぐ被害者は都市の多様性

それとともに残念なのが、かつてはそれぞれに個性のある繁栄を謳歌していたサンフランシスコやサンノゼやシアトルといった西海岸の都市が、シリコンバレーブームの退潮とともに、一緒くたに衰退の中に放りこまれそうなことです。

平日はほぼ毎日必ず出勤してくるオフィス人口を目当てに多種多様なモノやサービスを提供していた企業群が、オフィス人口の減少とともにさびれていきます

かつては大勢の人々が毎日出入りしていた超高層オフィスビルも、大きすぎる墓標のように立ち腐れていくのでしょうか

ケーブルカーで急坂を登り詰めると、なんとそこには海辺がある、地理自体が魔法にかけられたような町、サンフランシスコがシリコンバレーのスタートアップ成り金と同じように没落していくのは、私にはなんとも納得がいきません

クルマ社会化とはどうにも折り合いが付かない都市文明の滅びを、サンフランシスコが象徴しているということなのかもしれません。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年4月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。