植田新総裁にはマネタリズム否認の政策検証を求めたい

中村 仁

物価上昇は金融政策の成果ではない

植田新総裁を迎えた日銀は大規模金融緩和を維持しつつ、1999年以来、25年間続いている緩和策の検証を決めました。植田氏は98年から2005年まで日銀審議委員を務め、ゼロ金利政策のスタート(99年)に関与していたので、2013年からの異次元緩和(アベノミクス)に先行する期間を外すわけにはいかなかったのでしょう。

植田総裁 NHKより

日銀が行う政策検証は、緻密で専門的になるでしょう。植田総裁に望みたいのは骨太の検証です。異次元金融緩和の理論的根拠となったマネタリズム、短期であるべき金融政策が異常に長期化した場合の弊害、金融緩和と財政膨張の関係、政府からの日銀の独立・中立性、政治側がほとんど無視する金融政策のコストの問題などを対象にすべきです。

日本ほど長期間、大規模金融緩和を行い、さらに緩和をいまだに継続している主要国は他にはありません。推進派が持ち上げる「壮大な実験」は、「壮大な失敗」に終わるのではないかという視点からも、注目されています。金融史、金融理論史の残る検証にしてほしい。そうすれば、日本は今後の金融政策に重要な教訓を提供することができます。

日銀は2016年に「検証」、21年に「点検」をしています。黒田・前総裁はマネタリズム(貨幣数量説)を信奉し、「通貨供給量を増やせ。デフレを止めるにはマネーを増やせばよい」とするリフレ派が発言力を持っていましたから、中立的は検証ができるはずはありません。今度はきちんとやってほしいのです。

植田氏は日銀総裁になりたいという野心があったから、就任要請を受けたのではないと思います。金融理論の学識に優れ、しかも日銀委員7年間の体験を通じて金融実務にも通じている。「1050兆円もの国債発行残高、GDP比で2・6倍、その550兆円(52%)が日銀保有」という現代経済史に存在したことのない危機的状況からどう脱出するかに挑戦したかったのでしょう。

植田総裁は、記者会見で「金融正常化では拙速を避け、まず検証」と、述べています。欧米の金融不安が一過性ではなく、08年のリーマン金融危機並みの深刻な状況に発展するとの観測もあります。動こうにも今は動けないから「大規模緩和は維持」としか言いようがないのでしょう。

植田氏は消費者物価上昇率について、「輸入物価を起点とする価格転嫁の影響から3%程度になっている。企業の賃金設定行動の変化などを伴い、プラス幅は緩やかに拡大する」との予想を明らかにしました。

異次元緩和策を始めた黒田総裁は、「通貨供給量2倍、2年、物価上昇率2%」とのスローガンを掲げました。植田氏の言うように「輸入物価を起点とする物価上昇」(資源高、円安による)だとすると、マネタリズムの効果はなかった。植田氏は「政策、時期によって濃淡はあるが、効果があった」とも発言しています。どちらが本音なのでしょうか。

「2%上昇」をもたらす効果がでてくるものと信じて、日銀の国債購入を通じた量的緩和を続けたものですから、政治主導の財政膨張にいいように使われ、膨大な国債残高を抱える結果を招いた。マネタリズムの史上空前の「実験」だったですから、単純化した理論上の話はともかく、現実に実践した場合の理論の妥当性について検証は語るべきでしょう。

植田氏は「政策の効果と副作用のバランスは間違えないように常に注意したい」とも発言しました。当然の指摘です。もっと大きな問題は「政策の効果と費用(コスト)のバランスです。景気対策に使われる財政出動については、財源問題(増税か国債か)がつきとまうので「費用」のことは通常、政権、政府の念頭から離れないはずです。

それが金融政策(金融緩和)の「費用」になると、日銀にかぶせておけば表面化しないだろうという程度の意識でしょうか。金融政策の「費用」について、黒田氏は全く触れなかったし、植田氏も言及を避けています。

日銀OBを含む金融専門家から「金利上昇局面では、日銀当座預金(現在560兆円)の金利上げざるを得なくなる。金融緩和の費用が表面化する。この付利は日銀の収益を悪化させ、政府に対する日銀の納付金が減る。金融正常化の過程(出口)で日銀が債務超過に陥り、政府による資本注入(支援)に迫られかねない」との指摘が聞かれます。金融政策のコストです。

これまで意識してこなかったか、意図的に言及してこなかった金融緩和の費用の問題をどう考えるのか、検証では明らかにしてほしい。

日銀が取り組む検証には、外部有識者らへのヒアリングも実施するとしています。それだけでは透明性が保てないので、ヒアリングの公開、氏名の公表などを検討すべきでしょう。これまでは、大規模金融緩和の効果の説明ばかりが強調され、その費用(コスト)について、当局者は正面から説明しようとしてきませんでした。反省してほしい。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年4月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。