広島サミットはG7の団結を強化し、グローバルサウスや韓国など微妙な国々も取り込むことにかなり成功したわけで、その意味では大成功である。
ただ、ウクライナ和平にそれが貢献するのかどうかは、微妙だ。ウクライナ問題についての私の考え方と今回の総合的評価は、本日中に第二弾の記事を書くのでそちらに譲るが、単行本では『民族と国家の5000年史~文明の盛衰と戦略的思考がわかる』(扶桑社)で詳しく取り上げている。
本記事で取り上げたいのは、平和資料館を訪問した上で、ウクライナのゼレンスキーが原爆の悲劇を矮小化するような発言に終始しており、これでは、むしろ、ロシアの核兵器など恐れるに足らずという戦意発揚に利用されそうな気配であることだ。
ゼレンスキーは、原爆の熱線によって残った「人影の石」の写真を見たことを語り、「ロシアのプーチン大統領はウクライナをこの影のようにしようとした(ウクライナ国家を抹消しロシアに併合しようとしたという意味らしい)」とした。
また、ロシアが20日に陥落させたというウクライナ東部の激戦地バフムトについて、「バフムトは私たちの心に中にだけある」と事実上、陥落を認めた上で「破壊された広島の写真がバフムトに似ている。何も生きているものがなくなった。全ての建物は破壊されていた」などとした。
また、広島とバフムトなどの子どもの被害について「どうして子どもにこんななことができるのか」とした。
そして、「現在の広島は再建されている。ウクライナの都市も早く再建できることを夢見ている」「広島の原爆で破壊されたあとの街並みといまの街を比較したが、バフムトも将来において、このような再建が必ずできるだろう」とした。
さらに、ロシアを撃退し、「ロシアを最後の侵略国にしよう」「ロシアへの勝利と平和が夢だ」として戦闘継続への支援を呼びかけた。
つまり、広島の惨状は現在のウクライナ並みに悲劇的なものだったとしたが、もしロシアが核兵器を使ったら、悲劇は現在よりはるかに大きなものになるだろうという見通しはあえて避けられている。むしろこれ以上悪くなることはないというニュアンスだ。
そして、「広島はいまのウクライナなみに酷かったが見事に復興したからウクライナも立ち直れる」というにだから、むしろ核兵器を恐れる必要はないという方向に国民を誘導しているように見える。
もちろん、ゼレンスキーは、本当は原爆の被害の残酷さにショックを受けたが、消化しきれない、キーウへ帰って政府や軍首脳と相談してからでないと語れないのかもしれない。
さらに、正直に語った場合に、国民の戦意を挫くと心配したのかもして、生々しく語らずオブラートに包んだのかもしれない。
ただ、ゼレンスキーを広島に呼んで、原爆資料館を見せて、プーチンに核兵器だけは絶対に使うべきでない、そんなことしたら、これまでの制裁とは比べものにならない制裁もするし、場合によっては、より強い介入や反撃を辞さないというメッセージをだすつもりだったとしたら、だいぶ違う方向のメッセージになってしまったようだ。
とはいっても、ゼレンスキーがいろんな意味で現実的になる契機にはなるかもしれない。サウジで出会ったアラブ諸国やインドのモディ首相などは和平へ踏み出すことを薦めたはずだ。
また、フランスは、空軍のエアバスA330をポーランドに派遣してゼレンスキーを乗せ、サウジに向かい、アラブ連盟首脳会議に参加ざせたのち来日させたが、マクロンのウクライナ問題担当補佐官のイザベル・デュモンが同乗し、機内で入念に打ち合わせたらしい。
また、日本の外務省にゼレンスキーができるだけ多くの首脳と接触できるように根回しをした。
イギリスのスナク首相が渋谷で焼き鳥を食べたり、広島でお好み焼きを焼いていたあいだに働いていたわけだ。
マクロンは、ゼレンスキーにごますりばかりしているわけでない。マクロンは「我々はロシアの侵攻が始まった当初から平和のための解決策を探してきた。フランスには解決できる力がある」という記者会見での言葉は意味深だ。