デュシェンヌ型筋ジストロフィー遺伝子治療薬:希望と懸念と、そしてあくなき挑戦

5月24日のScience誌のニュースに「Muscular dystrophy gene therapy nears approval, but safety concerns linger」という記事が出ていた。

この記事は5年前にデュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療に参加した7歳の少年の話から始める。このデュシェンヌ型筋ジストロフィーはジストロフィンという筋肉の潤滑油のような役割を果たす重要なタンパク質を作ることができないために、次第に筋力が衰えていく遺伝性疾患である。遺伝子がX染色体に存在するため、大半はX染色体を一つしか持たない男性患者であり、X染色体を二つ有する女性では起こる可能性は極めて低いこと(ひとつのX染色体情報をもとに正常ジストロフィンが作られるので)が知られている。

そこで運動筋正常型のジストロフィンを作るようにデザインされた(ジストロフィンは非常に大きいため、完全なタンパク質を作ることは難しく、ジストロフィンを部分的に作っている)数兆個のウイルスの注射を受けた。

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その結果、治療前には這って上がっていた階段を、治療2か月後にはジャンプして上がれるようになったという。この疾患は徐々に進行して最終的には30歳前後で死を迎えるため、多くの患者、家族が、期待をもって見守り、追加治療も必要ないことを願っていたのでが、最近では効果が薄れてきた。

この少年の治療にはアデノ随伴ウイルスを利用しているのだが、ウイルスゲノムは人のゲノムに組み込まれないと考えられており、筋肉細胞が分裂するたびにウイルス量が減るか、筋肉細胞内でウイルスがなくなってしまう。また、このウイルスは、時として強い免疫反応を起こすために副作用の懸念が以前から指摘されていた。現に、最近流行の遺伝子編集によって、このウイルスによって、異常部分を正常に置き換える方法を試みた患者は、治療後すぐに亡くなっている。

冒頭の少年を含め、このウイルスを利用して治療を受けた多くの患者では、このウイルスに対する免疫が誘導され、治療効果が減弱したことも効かなくなってきた原因と考えられている。そこで、体内に生じたアデノ随伴ウイルス抗体を除去して、再度同じ治療法を行うことも計画されている。また、遺伝子編集を利用すれば、ゲノムの異常そのものが修復されるため、長期的な効果に対する期待が高まっている。

新しい治療法を試みる場合、一度でうまくいくとは限らない。CAR-T細胞治療は今では素晴らしい治療法と認識されているが、20年近くの年月に渡る苦難の道を乗り越えて今日の成功を迎えている。今は日常診療になっている心臓移植も当初は移植後何日間生きられてのか、を競っていたのだ。肝移植・骨髄移植もしかりである。治らない病気を治すには、これまでやってこなかったことに挑戦するする必要がある。当然ながら、標準的なルールを乗り越えた試みとなる。

この国のメディアは、新しいことにこれまでのルールを当てはめて、批判を繰り返してきた。科学的リテラシーのなさ、無知が、その壁を乗り越えようとした多くの医師・研究者を潰してきた。常に利権の側に立って忖度し、利権を守る側に立ってきたのだ。

そこには、科学はない。コロナ感染対策について科学的な論評もしない、情けない科学なきメディアが日本を壊しているのだ。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年5月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。