雑誌の論文著者バイアス

5月26日のNature誌のCareer New欄に「Anonymizing peer review makes the process more just」というタイトルの記事が出ていた。多くの研究者が感じていることだが、「論文の著者を秘匿すると、論文審査がより公平・公正になる」という内容だ。Just(ice)が重要なのだ。

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Functional Ecologyという雑誌に投稿された3689本の論文の著者を隠して審査に出した結果と著者名を伏せずに審査に出した結果を比較したものだ。これらの論文のうち査読者の審査に回ったもの約40%(60%が編集委員レベルでふるい落とされている。私も20年近く、二つの雑誌の編集委員長をしていたが、審査員の審査にも回らないと、編集長は一身に恨みを買う損な役割だ)。

そのうち約半分が小幅な変更か大幅な変更で再投稿を求められ、約半数は雑誌への掲載を断れられた。掲載を断わられた際に、時として理不尽なコメントが送られてくるが、若き日の私はそれを読んで血圧・血糖が大幅に上昇したものだ。

著者名が明らかな論文では、著者が秘匿された論文よりも再投稿を求める割合が約24% 高かったとのことだ。著者バイアスが明らかだ。このレベルの論文がどうしてこんなハイレベルの雑誌に掲載されるのだと感しることがあるが、まさにプレステージの高い著者は特別扱いを受けるのだ。現実的には、著者を隠しても、参照論文リストからある程度分かると思うのだが、その当たりがよくわからない。

しかし、この恩恵を受ける研究者は、経済的に豊かな国や英語圏に多いとのことだ。常識的には、プレステージの高い研究者はこれらの国に多いので当然だと思う。この恩恵や特権は、著者名と審査員名が秘匿されるとなくなるというのは、興味深い。大ボスの論文に厳しい評価をしたことがばれると、自分の身に災いが降りかかってくるので、多くの研究者にとっては自然な行動かもしれない。

米国などの経済的に豊かな国の特定の著者による論文は、裕福でない非英語圏の国の著者による論文よりも、審査員の評価に送られる割合が68%も高かったとのことだ。当然ながら、前者の方が掲載される割合は高い。低所得国または非英語圏の著者は、著者名が明らかかどうかはあまり影響しないとのことだ。最近、ジェンダーバイアスがよく取り上げられるが、これらの比較では男女差はほとんどなかったとのことだ。

個人的には、これらの結果には驚きはなく、感じていたことが淡々と数字で示されたという感想だ。どの世界でも顔が効くのは仕方がないと思うが、実力のある者が実力を評価される社会を取り戻すことが大切だ。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。