※以下、2022年7月に筆者が寄稿したコラムです。経済指標を始めとした数字は当時のものです。当時の予想が的中し、米不動産市場は当時懸念されていた”リーマン・ショック”モーメントを回避しました。
「人々は大抵、家にいる時が一番幸せなんだ」とは、ウィリアム・シェイクスピアが残した名言として知られます。また、住宅とは米国人にとって富を築く上で重要な投資先でもあり、アメリカン・ドリームを実現する上で必須アイテムなんですね。
米連邦準備制度理事会(FRB)の家計資産報告によれば、長年、米国人にとって不動産資産は大事な虎の子で、ITバブル期とコロナ禍での株式投資ブーム時を除けば、株式資産を上回ってきました(注:ただし22年1~3月期は不動産資産が37.6兆ドルと、株式資産の44.1兆ドルを下回る)。
その住宅市場に、異変が生じています。住宅市場の約9割を占める米5月中古住宅販売件数は前月比3.4%減の541万戸と、4ヵ月連続で減少しただけでなく、2020年6月以来の低水準でした。住宅価格は前年同月比14.8%上昇し40万7,600ドルと過去最高値を更新した結果、潜在住宅購入者が遠ざかっている実態が浮かび上がります。
米連邦住宅金融抵当公庫のフレディマックによれば、米30年物固定住宅ローン平均金利が6月22日週に5.81%と2008年11月以来の水準まで上昇を続けたことも、需要を圧迫しました。米30年物固定住宅ローン平均金利は7月6日週に5.3%と、前週の5.7%から0.4%ポイントと2008年12月以来で最大の下げ幅を記録しましたが、これだけの住宅価格が高いと、影響は限定的でしょう。
中古住宅の在庫数も、注目です。5月は同12.6%増の116万戸、と2.6ヵ月相当と在庫逼迫の節目となる5ヵ月を下回るとはいえ、21年8月以来の水準を回復。新築住宅の在庫に至っては、5月こそ7.7ヵ月相当、4月には8.3ヵ月と2010年8月以来の水準まで延びていました。
リアルター・ドットコムによれば、全米の917地域のうち873地域で在庫の増加を確認しており、そのうち137地域では2倍に増えました。ユタ州プロボやテキサス州オースティンでは、それぞれ3.7倍、3.6倍に急増したといいます。これらの地域は、もともとは割安な市場として知られ、カリフォルニア州サンフランシスコやワシントン州シアトル、NY州NY市など割高な都市から在宅勤務の普及をきっかけに引っ越してきた人々の人気スポットだっただけに、在庫数の増加が際立っています。
その結果、チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス社が発表する人員削減予定数をみると、不動産関連は上半期で前年同期比5,920件と2021年同期の634件から急増しています。特に、足元の金利急騰と価格の高止まりを背景に、6月だけで3,445件と年初来の約6割を占めます。
そもそも、米国での住宅市場は全人口の22%程度のベビーブーマー世代(1946~64年生まれ、22年時点で58歳から76歳)が過半数を占め、結婚して子供を持ち始めたミレニアル世代(1980~1996年生まれ、26~42歳)など、若い世代での住宅購入が困難とされてきました。米国勢調査局によれば、55歳以上の住宅保有者の割合は、サブプライム・ローン問題が金融危機の引き金を引いた2008年の39.2%から、2021年には54.2%へ上昇。逆に、35~54歳は2008年の40.7%から2019年に33.8%へ低下していたのです。
全米リアルター協会(NAR)は、2021年に公表したレポートで、「2010年から2020年にかけ、新築住宅は世帯数の増加の他、老朽化した住宅や自然災害で倒壊した住宅の代替に必要な戸数を680万戸下回った」と試算していました。新築住宅建設数の減少は、直近ではコロナ禍が影響したわけですが、それ以外にベビーブーマー世代が保有する住宅を売却せず、購入可能な土地が不足する傾向が挙げられます。2018年に全米最大の高齢者団体AARPが実施した調査では、50歳以上の76%が現在の住居にとどまりたいと回答していました。
マイホームを購入したくてもできない若い世代が増加するなか、住宅市場のひっ迫に合わせ家賃がうなぎ上りの状態となり、一段と家計を圧迫し深刻な影響をもたらしかねません。
オンライン不動産大手レッドフィンによれば、全米の平均提示家賃は5月に前年同月比15.2%上昇し、初めて2,000ドルを突破し2,002ドルとなりました。コロナ前の1,600ドルから、わずか3年で25%も上昇したことになります。米5月消費者物価指数をみても、家賃は前年同月比5.2%上昇し、1986年10月以来の伸びを記録していました。
足元、不動産や住宅建設関連のほかネットフリックスやフェイスブックなどテクノロジー関連企業、テスラなど電気自動車メーカー、ビットコインの急落を受けたフィンテック関連でリストラが相次ぐなか、家賃の上昇は国内総生産(GDP)の約7割を占める個人消費の下押しとなること必至です。
住宅市場の減速に合わせ、家賃の上昇は米国のリセッション入りを連想させます。ただし、住宅市場に関して言えばThis time is different、今回はリーマン・ショック後の時と違って、深刻な調整を招くリスクは小さいと言えそうです。
まず、当時の住宅市場と違って、住宅ローン保有者の信用スコアのうちサブプライム層にあたる620点以下は過去3年平均で2.5%と、サブプライム危機時の12.7%を大きく下回り、健全性が高いと言えます。何より、変動住宅ローン残高が全米の住宅ローンに占める割合は8%程度で、2007年1,310万件(36%)を大きく下回り、金利上昇の影響は限定的です。従って、差し押さえ物件は当時のように急増しそうにありません、
ただし、家賃の観点で言えば需給の観点から高止まりが続く可能性を示唆します。従って、足元はガソリン価格や食料品価格など、他の生活必需品が値下がりしなければ、家賃負担が個人消費に重く圧し掛かる公算が大きい。頭金を用意することが困難となり、まだまだ若い世代にとって、マイホームの購入は叶えるのが難しいアメリカン・ドリームであり続けそうです。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2023年6月23日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。