「憎悪」が新しいターゲットを見つけた

イスラエル軍の砲撃を受け、3人の娘さんを亡くしたパレスチナ人の医者イゼルディン・アブエライシュさんが当方とのインタビューで、「憎しみは憎む側をも破壊するがん細胞のようなものだ」と述べ、イスラエル軍を憎むことは出来ないと語ったことを思い出した(「憎しみは自らを亡ぼす病だ」2014年5月14日参考)。

灼熱の日々が続いた欧州(オーストリア国営放送=ORF公式サイトから)

アブエライシュさんがいうように、憎しみ、憎悪(ハス)はがん細胞で、適切な治療をしないとどんどん増殖し、最後は(憎悪の奴隷となった)人を殺してしまう恐ろしいエネルギーを持っている。

中国発の新型コロナウイルスが欧州に席巻し、多くの人々が感染し、犠牲となったパンデミックから今年で3年目が過ぎた。コロナワクチンが登場し、コロナ感染が予防できるようになってから、欧州ではワクチン接種が国を挙げて実施されてきた。その結果、Covid19は峠を越えた感じだ。

ところで、ウイルス学者たちが国民にワクチン接種を呼び掛けていた時、ワクチン接種反対、コロナ規制反対の過激グループがワクチン接種を訴えるウイルス学者、医者を脅し、欧州各地でコロナ規制、ワクチン接種の義務化に抗議するデモが行われ、一部暴動化した。

オーストリアでもテレビに出て、国民にワクチン接種を呼び掛けてきた著名な女性ワクチン学者のもとに憎悪メールが送られてきた。そのため、外出時には身元を隠すためにカツラを被ったというのだ。チロル州のウイルス学者は、「自分は新規感染者が増加しているので、チロル州もロックダウンを早急に実施すべきだと発言した。それ以後、脅迫メールなどが送られてきた」という。「ウイルス学者という職業がテロリストの襲撃対象となるとは考えてもみなかった」と語っていた(「ウイルス学者がカツラをつける時」2021年12月18日参考)。

それだけではない。オーストリアのオーバーエステライヒ州で1人の女性医師(リザ・マリア・K、診療医、36歳)が7月29日、診察室で亡くなっているのが発見された。遺書とみられるものが残されていたことから自殺と判断された。コロナ規制の実施とワクチン接種の重要性を訴えてきた医師は新型コロナウイルスの感染が広がって以来、コロナ規制、ワクチン接種に反対する一部の市民から激しく批判され、殺すぞといった脅迫メールを何度も受け取っていた。その女性診療医の突然の死は国民に大きな驚きとショックを与えた(「脅迫メールの『悲しき結末』」2022年8月01日参考)。

ところで、コロナのパンデミックがようやく終わったと思われていた矢先、今度は地球温暖化による気候不順を主張する学者、気象予防官に憎悪メールや脅迫メールが届けられているという。「憎悪」が新しいターゲットを見つけて闊歩し出したのだ。

オーストリア国営放送(ORF)の気象予報官マルクス・ヴァツァック氏はインタビューの中で、「最近、視聴者から多くのメールを頂くが、その中には憎悪メール、脅迫メールが含まれている」という。同予報官が最近の欧州の異常な灼熱について、地球環境全般の危機について言及したことに対し、地球の温暖化や気候不順などを信じない人々から厳しい批判の声が届いたという。同予報官は、「最初は無視してきたが、やはり憎悪や脅迫メールは心を騒がせるものだ」と述べていた。

コロナ時代はウイルス学者や医者がワクチン接種反対、コロナ規制反対の過激な活動家たちの憎悪対象となったが、今度は環境保護を訴える環境問題学者や気象専門家が一部の人々の憎悪対象となってきたわけだ。

ちなみに、ワクチン問題も地球温暖化による気象異常問題も科学的に研究し、検証できるテーマだが、肝心の科学者たちの間でその見解が分かれているのだ。米国と英国の3人の感染症疫学者、公衆衛生科学者が表明した「グレートバリントン」宣言の集団免疫論に対しても賛否両論があったことを思い出す。科学者が混乱している時、通常の人間は何を信じていいか分からなくなり、益々イライラする。

欧州では気温が40度を超える灼熱の日々が続いた。そのような時、地球温暖化、気候不順を説く環境問題専門家、気象専門家に対し、怒りや不快感を感じる人々が出てくるのかもしれない。明らかな点は、今、幸せを感じている人間は相手を憎悪するということはない。ということは、「憎悪」という感情が渦巻く現代は、幸せを感じている人が少ないことを物語っているわけだ。いい兆候ではない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。