生成AIはまだ「幼稚園児」(下)

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前稿では時代遅れの著作権法がデジタル敗戦を招いた反省から、2018年の著作権法改正で、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」については、許諾なしの利用を認める新30条の4が追加されたと紹介した。その条文の骨子は以下のとおり。

著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用(新30条の4)
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない。
① 著作物利用に係る技術開発・実用化の試験
② 情報解析
③ ①②のほか、人の知覚による認識を伴わない利用

この規定は「著作物の表現を享受しない利用」であれば商用目的でも利用を認める点で、ヨーロッパを中心とした非商用目的に限る国よりは利用しやすくなった。このため、「日本は機械学習パラダイスだ」と呼ぶ知財法学者もいた。

生成AIの登場と30条の4

2018年の法改正時には情報解析のための著作物利用は著作者の権利を通常害さないとみられていた。生成AIのようにアウトプットにつながる利用は想定していなかった。生成AIの登場により、文章や画像を誰でも簡単に作成できるようになり、イノベーションが期待される一方、著作権が侵害される懸念が増した。このため、新聞協会などはこの30条の4の再検討を要望している(「生成AI開発で新聞協会ら4団体が声明発表『著作権保護策の検討を」)。

政府は6月に公表した「知的財産推進計画2023」で「急速に発展する生成AI時代における知財の在り方」を重点施策に掲げ、7月から文化庁著作権分科会法制度小委員会で、AIと著作権に関する論点整理を行うことになった。

【図表1.AIと著作権に関する論点整理

図表1. AIと著作権に関する論点整理

出典:https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoseido/r05_01/pdf/93918801_03.pdf

1.と3.は中ポツで「事例研究」と説明しているので、2.の二つの中ポツ「『非享受目的』に該当する場合」と「著作権者の利益を不当に害することになる場合」の考え方を明らかにすることが検討のポイントになる。

米メディアの対応

米AP通信は7月に対話型AI「チャットGPT」を開発したオープンAIにデータ学習用として過去の記事を提供すると発表した。

一方、NYタイムズは事前の合意なく記事や写真をAIに学習させることを禁止した(「活用が進むAIのリスクにどう対応する?NYタイムズは「AI学習」を禁止に 日本でも現状を危惧する声が上がる中で注目されている新技術とは」)。NYタイムズはチャットGPTを運営するオープンAI提訴も検討していると報じられている(「NYT、オープンAI提訴を検討 記事の著作権めぐり米報道」)。

まだ検討中の段階だが、仮に訴えたとしたら裁判所はどう判定するかは、30条4を再検討するにあたっても参考になるので、占うこととする。30条4のような機械学習のための権利制限規定のない米国では権利制限の一般規定であるフェアユースで判定することになる。

米著作権法第107条は、以下の4要素を考慮してフェアユースに該当すると判定されれば、著作権者の許諾なしに著作物を利用できるとしている。

第1要素 利用の目的および性質
第2要素 原著作物の性質
第3要素 利用された部分の量および実質性
第4要素 原著作物の潜在的市場または価値に対する利用の影響

4要素の中でも米国の裁判所が重視するのが、第1要素の「利用の目的および性質」と第4要素の「原著作物の潜在的市場または価値に対する利用の影響」である。第1要素の「利用の目的および性質」について、米最高裁は1994 年の判決で、商用利用であっても変容的利用(transformative use)、つまり別の作品をつくるための利用であるとして、パロディにフェアユースを認めた。

それ以来、変容的利用にはフェアユースが認められやすい。1990年代以降の新技術・新サービスに対するフェアユース判決を図表2にまとめた。1992年に判決の出たリバース・エンジニアリングを除く多くの新技術・新サービスで変容的利用が認められた。たとえば、検索サービスではデータベース作成のためホームページや書籍の全文を複製するが、検索可能にするという別の目的のための複製なので、高度に変容的であるとされた。

【図表2.新技術・新サービス関連サービス合法化の日米比較】

サービス名 米国でのサービス開始 米国でのフェア

ユース判決

日本での合法化(施行年)

= サービス可能化

リバース・エンジニアリング 1970年代※ 1992年 2019年
画像検索サービス 1990年代※ 2003年 2010年
文書検索サービス 1990年 2006年 2010年
論文剽窃検証サービス 1998年 2009年 2019年
書籍検索サービス 2004年 2016年 2019年
スマホ用OS 2005年 2021年 未定

※裁判例から推定した
出典:城所岩生「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか

30条の4との対比

30条の4でいえば、第1要素は「『非享受目的』に該当するか否か」と第4要素は「著作権者の利益を不当に害することになるか否か」である。このうち、第4要素の「原著作物の潜在的市場または価値に対する利用の影響」は、言い換えると「原作品の市場を奪うか否か」なので、こうした利用が認められないのは日米共通している。

問題は第1要素に対応する「『非享受目的』に該当するか」だが、文化庁は「主たる目的が非享受目的であっても享受目的が併存しているような場合は、30条の4は適用されない」としている(図表3)。

 【図表3.30条の4の適用範囲】

図表3. 30条の4の適用範囲

出典:https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/seminar/2023/pdf/93903601_01.pdf

以上まとめると、米国は享受目的があっても変容的利用であれば、利用を認めるのに対し、日本は非享受目的でも享受目的が併存する場合は利用を認めないことになる。NYタイムズがオープンAIを訴える場合、どのような主張をするかにもよるが、米国では変容的利用でフェアユースが認められる可能性は残されている。

生成AI先進国をめざして

図表2に戻ると、必要の都度、個別に権利制限規定を追加する日本方式では権利制限規定が設けられて合法化されるまではサービスが提供できないが、フェアユースのような包括的権利制限規定で対応する米国方式では、著作権者から訴えられてもフェアユースが認められると判断すれば、判決を待たずに見切り発車でサービスを開始できることが判明する。

この規定をバックに先行するアメリカ企業に、日本市場までもが草刈り場にされてしまっているわけである(詳細は「日本がIT後進国になったのは『技術力の差』ではない…数多のチャンスをすべて潰してきた『著作権法』という闇」参照)。

AI利用で『日本の緩い規制はチャンス』 東大・松尾教授」は、AI研究の第1人者である松尾豊東大教授の談を以下のように結ぶ。

他国に比してデジタルトランスフォーメーション(DX)で遅れる日本において、緩い法規制はプラスに機能するとの考えだ。「AI黎明(れいめい)期の今なら多くのプレーヤーにチャンスがあるはず」「この機会が開かれている期間は短い」とも述べ、日本の成長戦略においてAIが果たす役割の大きさを強調した。

多くのプレイヤーにチャンスが開かれているAI黎明期に機械学習に好意的な30条4を骨抜きにして、幼稚園児が大化けする可能性の芽を摘み取ってしまうようなことは避けるべきである。

【補足】
前稿に、「タイトルに誤りがあるようで幼稚レベルというのは生成AIでなく量子コンピューターのようにインタビューでは読めます」とのコメントが寄せられた。

確かに日経新聞への寄稿(インタビューではない)で執筆者の土屋大洋慶応大教授は、「量子技術の専門家の一人は、量子コンピューターはまだ幼稚園児のようなものだという 」と指摘しているが、最後に「チャット GPT やその他の生成 AIという期待される幼稚園児が、20年後にどのような大人に成長しているか注目に値する 」と結んでいることから、このタイトルを選んだ。