アメリカの銀行業界は、市場経済と統制経済の主戦場だった 後編

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5月17日のアメリカ株市場では、銀行株の中でもカラ売りの集中していた地方銀行株に踏み上げ買い狙いの買いが入ってS&P500地銀株指数がだいぶ戻しました。踏み上げ買いとは、カラ売り筋が証拠金追加請求に応じられなくなって、売り立てていた株を買い戻すことです。

ですが、地方銀行ばかりか大手や中堅もふくめてアメリカの銀行業界は、株価さえ上がれば危機を脱却できるような収益構造ではありません

今回も前回に続いてアメリカの銀行業界が直面する危機と、結局はそれが自分で蒔いたタネであることを明らかにしていきたいと思います。

一時的な値戻しはあっても、ファースト・リパブリック銀行やシリコンバレー・バンクと同規模、あるいはそれ以上の資産規模の中堅から大手の銀行が、オフィスビル市況の悪化とともにバタバタと連鎖破綻する可能性はかなり高くなっています。

Olga Kaya/iStock

問題の核心は中堅銀行に

なぜ、オフィスビル市場が焦点なのかを解明する前に、そもそもアメリカの中堅クラスの銀行の時価総額はあまりにも大きかったという事実から確認しておきましょう。

上段はファースト・リパブリック銀行の破綻が明らかになった5月1日から翌2日にかけて、値下がりが目立った米国の銀行5行の株価推移です。

この中では値下がり率が4.63%ともっとも小さかったチャールズ・シュワブは、昨年末の時点で預金総額3260億ドルで11位と、中堅行の中でも大きなほうに属します。

下段はすでに破綻処理済みの3行の時価総額推移を示すグラフですが、国際的にシステミックに重要だとされていたクレディ・スイスに比べて、ファースト・リパブリックとシリコンバレー・バンクの時価総額は破綻が判明する直前までかなり大きかったことがわかります。

2行とも総資産は2000億ドル前後で、時価総額のほうは300億ドル近辺で推移していましたから、自己資本比率は15%前後に達し、自己資本が総資産の10%未満であることも多い銀行業界では堅実な部類の銀行だと株式市場は評価していたわけです。

今年3月から5月中旬までだけでも中堅クラスの銀行3行が破綻しました。シリコンバレー・バンク、シグネチャー銀行、そしてファースト・リパブリック銀行です。

じつはこの3行のピーク時総資産を足しただけで、2008~09年の国際金融危機の時期に破綻した100行以上の銀行の総資産をすでに超えているのです。

日本では「中小銀行が破綻しているだけで、経済全体に大きな影響はない」と主張する人もいらっしゃるようですが、まだ危機が始まったばかりで国際金融危機のどん底期に失われた以上の資産破壊が起きているのです。

今回の銀行危機は国際金融危機の頃より根深い問題から発しています。その事実は、地方銀行株ETF(証券コード:KRE)より、大手・中堅銀行ETF(証券コード:KBE)のほうに、大きく値下がりしている銘柄が多いことでも明らかです。

今年の年初から5月初めまでだけで株価が半分以下になってしまった銀行が7行もあります。なぜ中堅銀行に、これほど「危ない」と株式市場に判断されている銀行が多いのでしょうか。

銀行業界総資産の4分の1は投資

その理由を、アメリカ銀行業界全体のバランスシートを点検することから解明していきましょう。

上段でご覧のとおり、総資産24兆ドルの約4分の1、不動産融資よりやや多い金額が「有価証券」となっています。

この中には、アメリカ国債や投資適格社債のように比較的リスクの低いものから、株や不動産担保証券のようにかなりリスクの高いものまで含まれています。

不動産のように大きな実体価値のあるものが担保になっていれば、あまりリスクはなく、債務不履行が生じたら担保物件を引き取れば大きな損失は出ないだろうと思いこみがちです。

ところが不動産物件の価値は、金利の上下動に非常に敏感に反応するのです。

大ざっぱな説明になりますが、金利が低いときには翌年、再来年に入ってくるであろう賃料収入は現在の賃料収入とほぼ同等に評価できますが、金利が高くなると同じ賃料収入は遠い将来になるほど低く評価しなければならないのです。

だいたいにおいて金利の高い経済圏ではインフレ率も高く、金利の低い経済圏ではインフレ率も低いので、名目では同じ賃料収入であっても、インフレ率の高い経済圏では実質賃料収入は目減りの仕方が激しいと考えることもできます。

将来何十年かのあいだの賃貸収入の合計を金利で割り引いたものを、収益還元法によるその物件の価値と呼びますが、金利が0.5%の時代と5%の時代では天と地ほどの大きな差が出てきます。

アメリカとしては異例の低金利だった2008年秋から2022年春までと、連邦準備制度(Fed)による持続的な金利引き上げによって金利が急上昇した今とでは、まったく担保となる不動産物件の価値も変わってしまったわけです。

そのへんの事情を示しているのが下段のグラフです。

まだFedによる連続利上げが始まってから丸1年経っていなかった2022年末の時点では小売、集合住宅、(工場、倉庫、物流センターなどの)産業施設の値下がり率は5%未満、いちばん値下がり率が高いオフィスでも8%程度の値下がりにとどまっていました。

今後まだまだ利上げが続き、収益還元法による物件価値がさらに下がることを想定すると、どうなるでしょうか? 小売物件だけはモールなどがすでにかなり大幅に値下がりしていたこともあって、10%未満の値下がりで底打ちすると考えられています。

しかし、集合住宅と産業施設は20%台前半までオフィスビルにいたっては30%以上値下がりしてやっと底打ちすると推定されているのです。

不動産担保証券はとても危険な資金運用

ここまで見てきても、よっぽど過剰にオフィスビルに傾斜した融資や不動産担保証券の購入をしていた銀行を除けば、あまり大きな被害は出そうもないと思われる方が多いでしょう。

ですが、1999年に商業銀行と投資銀行の兼営を禁じたグラス・スティーガル法が撤廃された現代社会で、銀行は不動産物件に資金を投下する際に、融資と不動産担保証券のどちらでも選べることになっています。

そして、融資一般が異常な低金利しか得られない状態だった2008年秋以降多くの銀行が少しでも収益を拡大するために、融資に比べれば高金利を受け取ることのできる不動産担保融資を選びました

次の2枚組グラフは、上下とも2024年末までに償還が予定されている不動産担保証券に関するものです。

アメリカの銀行業界全体が保有している不動産関連の融資は、2022年第1四半期末で住宅用が10兆6000億ドル、商業用が2兆2000億ドル不動産担保証券は住宅用が12兆1000億ドル、商業用が2兆3000億ドルと、どちらもやや不動産担保証券のほうが大きかったのです。

しかし、これはとても危険な資金運用をしていることになるのです。というのも、不動産担保証券を発行している不動産保有企業は、銀行融資の元利返済や不動産担保証券への配当の支払いができなくなれば担保物件を差し出して、この物件から手を引くことができます。

残された物件から資金を回収する順位は銀行団の融資が優先され、証券保有者は劣後することになります。

ですから、表面的には鑑定評価額が半値に下がっただけの物件でも、元の保有者が手を引き、銀行融資を返済し終えたあとに残る物件の価値は、当初の購入額よりはるかに低かったということが起こりうるし、またたびたび起きているのです。

銀行なら、債務不履行に陥った不動産物件への投下資金を回収する際に、融資と不動産担保証券のどちらが優先するかは、わかっていたはずです。それでも多くの銀行が不動産担保証券を選び、巨額の損失を計上せざるを得なくなった事例があちこちから報道されています。

今後ますます悪化するオフィス市況

商業用不動産の中でも、とくにオフィスビルの値下がり率が大きいと予測されているのはなぜでしょうか?

ウェブサイト『ウォルフ・ストリート』の主宰者、ウォルフ・リクターは、大口テナントが必要以上に大きな床面積を長期契約で借りる傾向と、「コロナ対策」としてのロックダウン以降、オフィスに出勤せずに在宅のまま働く人が増えたことが2大要因だと指摘しています。

このまとめ方だと、一方的にハイテク大手などの急成長中の企業が悪い、あるいは愚鈍なように感じます

でも、実際にはビルオーナーや仲介業者も「このへんは好立地でほとんど空室が出ないから、もっと広い床面積が必要になったとき不便な場所に分散配置しなければならなくなるリスクが大きいので、広めの床を長期契約で借りておいたほうが結局はお得ですよ」といった営業をかけているわけです。

ですから、大口テナントのサブリースで自社物件の賃料を押し下げる圧力が生じるのは、自業自得という側面もあります。

また、とくにSNS関連の大手企業の場合、実際に仕事をする人の数はそれほど多くないのに、好業績の時期にムダに大量の新規採用をしてしまったことが遠因となっています。

採用直後にロックダウンで在宅勤務を命じたりすれば「ちっとも役に立たない人材をとってしまったから、大幅な人員削減をしなければならない」ということになるのも無理のない話です。

これもまた「具体的に活用する気もない人材」として採用されてしまった勤労者にとっては迷惑千万な話です。

ハイテク大手は人材についてもオフィス床についても、定見もなく行きすぎ、戻りすぎをくり返している、勤労者にもオフィスビルオーナーにも迷惑な企業なのです。

しかし、株式市場では好況時には「意欲的な事業拡大」をはやしてハイテク大手を買い、不況時には「コスト削減」をはやしてハイテク大手を買っているわけですから、S&P500株価指数の上昇率の大半をわずか5~6社のハイテク大手で達成していることになるわけです。

とにかく、商業用不動産への融資や不動産担保証券への投資は危険だし、中でももっとも危険なのはオフィスビル、しかも先端企業が広い床面積を占有している優良物件だという事情はご理解いただけたと思います。

破綻懸念の大きな銀行の見分け方

そこで、アメリカの株式市場では「商業用不動産融資残高+満期まで保有予定の有価証券」を総資産で割った数値が、地方銀行についての破綻懸念の指標として使われています。

満期まで保有する予定の有価証券には、もちろん途中経過ではかなり大きな含み損が出ても満期まで持っていれば額面どおりの金額はきちんと戻ってくるのであまり大きな実現損が出ることはない米国債や、まず潰れる心配のない優良企業の投資適格社債も入っています。

ですが、満期まで待っても償還額が額面よりはるかに低かったり、満期を待たずに大きな債務を抱えたまま担保物件を押し付けられてしまうような不動産担保証券もふくまれているわけです。

このグラフを見ると、ほぼ右肩下がりで危ない資金運用をしている銀行ほど株価下落率も高くなっています。

ですが、危ない運用比率が40%を超えているのに株価は20%弱しか下落していないホーム・バンクシェアズとか、危ない運用が60%を超えているのに株価は約25%しか下落していないプロスペリティ銀行のように、市場がまだ危なさに気づいていない銀行もあるようです。

前回も説明させていただきましたが、アメリカは国民のあいだに金融業界の寡占化に対する警戒心が非常に強く、そのため全国に支店網を張り巡らせた大手銀行が誕生するのが1990年代半ばまで引き延ばされていた国です。

したがって、アメリカの銀行業界は今でも世界中で2位の12倍以上の4200超の銀行が存在する、群雄割拠の様相を呈しています。

寡占化の弊害を防ぐ点ではある程度の効果はあったと思いますが、反面財政的に脆弱な中小銀行も多数生き残っており、金融危機に際して経営が行き詰まる銀行の数も多くなります

連邦準備制度は「全米で722行が自己資本の半額以上に達する含み損を抱えている」と公表して話題となりましたが、民間の金融研究機関、フーバー研究所は連邦預金保険公社未加入の銀行まで含めた4844行のうち2315行がすでに債務超過に陥っていると見ています。

どちらが真相に近いかと言えば、フーバー研究所のほうでしょう。

実際に危ない銀行が利用する3種類の駆け込み寺のうち、今年3月に中堅銀行が相次いで破綻してから大慌てで創設されたバンク・ターム・ファンディング・プログラム(BTFP)の利用が4月第1週からほぼ一貫して800億ドル台を維持しています。


BTFPの特徴は、最大1年間利用しつづけることができることなので、アメリカの金融当局が今回の銀行危機の根深さをしっかり認識していることは間違いないでしょう。

贈収賄奨励法と銀行業界寡占化の弊害

ふり返ってみれば、2000~02年のハイテクバブル崩壊、2007~09年の国際金融危機、2011~13年のユーロ圏ソブリン危機、2020~21年のコロナ騒動、そして2022年暮れに始まったアメリカ銀行危機と、21世紀に入ってから4~5年に一度は金融危機が起きています。

その最大の理由は、1994年から州境を超えた銀行の合併統合が許されるようになり、1999年から商業銀行業務と投資銀行業務の兼営禁止が解除されてから、4大銀行とその下の銀行とのあいだの格差が広がったことではないでしょうか。

その結果、4大銀行は軍産複合体や医薬複合体が第二次世界大戦後ずっと続けてきたように、監督官庁を丸め込んでやりたい放題、どんなに巨額の損失を出しても国に救済されて焼け太りという状態になってしまいました。

第二次世界大戦直後に制定された「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法で何が変わったかと言うと、軍需産業や製薬産業の横暴がまかり通るようになったこととともに、インフレが慢性化したことです。

第二次世界大戦前は、一定期間インフレが続くと必ず揺り戻しが来て、デフレになっていました。その結果ドルの価値も下がりっぱなしではなくインフレ期間で下がったドルの価値が、デフレ期間で回復するというサイクルになっていました。

しかし、自己資本の数倍、十数倍の借金ができる寡占企業にとって、巨額の資金を借り続けているだけで、自動的に元利返済負担をインフレ分だけ踏み倒すことのできるインフレの慢性化した経済は願ってもない好環境です。

こうして、毎年のインフレ率は低くても持続的なインフレによって1ドルの価値が19世紀最後の年と比べてわずか3セントに下落してしまうという、庶民にとって暮らしにくい世の中になってしまったのです。

また、有力産業の寡占企業はまじめに自社の生産性を高めるより、自社に都合のいい法律や制度を議員や官僚につくらせることによる増益を志向するようになりました。その結果が次の2枚組グラフに明瞭に表われています。

世界総生産は新興国、発展途上国の成長率加速をすなおに反映して右肩上がりのトレンドを形成しています。一方、アメリカのGDPは明らかに第二次世界大戦の終結とその翌年の贈収賄奨励法制定を頂点に右肩下がりに転換しています。

勤労者の犠牲で低成長でも株価は上昇

さらに、1889~2009年の120年間のアメリカの年率平均GDP成長率から1999~2009年までの10年間の平均成長率を並べたグラフで、非常におもしろい発見をしました。

上段のグラフを見ただけでも、1949年以降のアメリカ経済は落ちる一方だったことがわかります。

でも、このグラフから10年代ごとの平均成長率を逆算してみたのが、下段のグラフです。何かお気づきになりませんでしょうか。

アメリカ国民が警戒していた金融寡頭政がついに実現してしまった20世紀末からの10年間は、1930年代大不況時の1.2%に次いで低い、1.9%という成長率にとどまったのです。

このグラフだけでも、金融業界の大企業が寡占性を強めることが、経済成長にとっていかに大きなマイナス要因かわかります。

なお「この期間には2000~02年のハイテクバブル崩壊と2007~09年の国際金融危機が入っているから異常に低成長になっていただけだろう」とお考えかもしれません。

それでは2009~19年の10年間の平均実質GDP成長率はどの程度回復していたと思われますか?

2.0%で、1999~2009年の平均成長率よりわずか0.1パーセンテージポイント上昇しただけなのです。

それなのに、金融業界は大盛況でした。どうしてそんなことが可能になったかと言うと、労働分配率(GDPの中の勤労者の取り分)を減らして、資産家の取り分を増やしたからです。

つまり低成長のもとで金融市場が活況を呈するのは、低成長で金融市場も低迷するより資産を持たない庶民にとっては悪いことなのです。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年5月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。