「選挙」は民主主義の政治体制を支える大きな柱だが、同時に、政治家の言動を狂わす要因ともなるものだ。選挙で当選しなければ、その日からその政治家は“タダの人”となる欧米諸国の選挙では猶更だろう。そのため、政治家は選挙に勝利するためにあらゆる手段を駆使しようとするからだ。
そんな感慨を改めて持ったのはポーランドのモラウィエツキ首相の「ウクライナへは今後武器を供与せず、自国の国力の近代化に投資していきたい」という20日の発言を聞いたからだ。ポーランドは、ロシアがウクライナに軍侵攻をして以来、これまで一貫してウクライナを支援してきた。ウクライナからの避難民を100万人以上受け入れる一方、重火器を積極的にキーウに提供してきた国だ。そのポーランドの首相が突然、「もはや武器をウクライナに供与しない」というのだ。ポーランド政府に何が生じたのか。
理由は明らかだ。ポーランドは目下、選挙戦が展開中だからだ。ポーランドで10月15日、議会選挙(上・下院)が実施される。選挙の焦点は、2期8年間政権を運営してきた保守系与党「法と正義(PiS)」が政権を維持するか、それとも中道リベラル派の最大野党「市民プラットフォーム」(PO)主導の新政権が生まれるかだ。選挙では、下院(セイム)の460議席、上院(セナト)100議席がそれぞれ選出される。複数の世論調査では、両党は拮抗している。もはや政権交代の可能性も排除できない。
与党「法と正義」(PiS)としては党の有力支持基盤の農民層を固める必要がある。具体的に説明する。ウクライナからの穀物が大量に国内に流入すれば、国内の農家たちが安価なウクライナ産穀物に対抗できないから苦しくなる。そこでポーランド政府はウクライナ産穀物の輸入を禁止する政策を取った。すると、キーウのゼレンスキー大統領は怒りを発し、「わが国の国家収入の60%を占める穀物輸出を禁止することは自由貿易の立場からいっても受け入れられない」と反発、ポーランド政府が政策を撤回しないので、世界貿易機関(WTO)にポーランドを提訴したばかりだ。
そのような中、モラウィエツキ首相の「今後ウクライナに武器を供与せず、国内の戦力の近代化に努力したい」という発言が飛び出したわけだ。ただ、ポーランド首相の発言を余り深刻に受け止めるべきではないだろう。実際、ポーランドのドゥダ大統領は翌日の21日、モラウィエツキ首相の発言について、「自国のために購入している新しい兵器は送らないという趣旨だろう」と述べ、今後もウクライナへの支援を続けていく姿勢を改めて強調している。
ポーランドではロシア軍の侵略を受けるウクライナを支援することでは与野党の間には大きな相違はない。問題が生じたのは、ロシアがウクライナ産穀物の黒海経由での輸出にストップをかけて以来、ウクライナ産の穀物がポーランドに輸送され、そこで取引される事態が生じたからだ。ポーランド政府は農民たちの苦情を無視できないので、同じ事情にあるスロバキア、ハンガリーと共にウクライナ産穀物の輸入禁止という処置を取ったわけだ。あれも、これも、全て「選挙」がなす業だ。
ゼレンスキー大統領は目下、ニューヨークの国連総会に参加中にポーランド政府の突然の変心を聞いても余り驚いていない。来年大統領選挙を控えるゼレンスキー氏はポーランド政府の事情を理解しているからだろう。そのうえ、ポーランドは歴史的にみても反ロシァア傾向が強い国だ。国防上からもウクライナを捨てることは絶対にないことを知っているからだ。
興味深いことは、ポーランド首相の発言は本来、ロシア側を喜ばすが、余り浮かれた反応はモスクワからは聞かれない。クレムリンの指導者も「選挙だからだ」と知っているからだ。ちなみに、ロシアでも来年大統領選挙が実施されるが、選挙戦はショーに過ぎず、プーチン大統領の勝利は既に決まっている。モスクワの指導者は「選挙」を控えているからといってその政策を大きく変えることはない。
ウクライナ戦争は長期戦に入った。消耗戦でもあり、関係国にも戦争疲れが見え出してきた。それだけに、来年選挙を控えている欧米諸国の政治家たちは、国民のウクライナ戦争への支援疲れを見落としてはならないだろう。最大のウクライナ支援国・米国でも来年11月、大統領選が実施される。バイデン大統領は再選出馬を決定している。共和党候補者に勝利するためにはウクライナ戦争への対応でポイントを稼ごうとするだろう。同時に、ウクライナへの全面的支援に対して批判の声が出てきていることもあって、バイデン大統領はキーウ政府の武器要求に対してブレーキがかかってしまう。また、欧州連合(EU)加盟国では欧州議会選が実施される。その最大の争点は難民・移民の殺到問題と共にウクライナ戦争とその支援問題だ、といった具合だ。
繰り返すが、選挙を控えている国では、政治家の中で想定外の政策や発言が飛び出してくる可能性は排除できない。ポーランド首相だけではない。ロシアのプーチン大統領は欧米諸国の選挙戦を良く知っているから、さまざまな情報戦を展開し、ウクライナ支援疲れの欧米諸国の国民に囁きかけてくるだろう。「選挙」はウクライナ戦争の今後の動向にも大きな影響を与える要因となっている
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。