納税する義務と寄付する権利

アメリカにおいては、おそらくは、建国以来の伝統のもとで、自分の安全を守る権利、自分の健康を維持する権利など、社会全体の仕組みにおいて、個人の自主自律と自助努力が基本にされていて、それが例えば医療保険や銃規制をめぐる議論に濃厚に反映しているようである。

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それに対して、日本は、戦前の国家体制に対する反省と戦後の経済復興政策によって、徹底して福祉国家の道を歩んできた経緯があって、アメリカとは対極的に、税金や社会保険料等の徴収を通じた所得の再配分機能が大きくなっている。しかし、超成熟による深刻な転機を迎えるなかで、少しずつ社会構造の見直しが始まっているのかもしれない。例えば、寄付に対する税制優遇措置の拡大である。

納税を通じた再配分では、納税者は使途を特定できないが、寄付を通じた再配分では、逆に使途を特定するのが普通である。納税は義務であって、権利ではないが、寄付は自分が自由に寄付先を選ぶものだから、義務ではなく、むしろ権利である。そこで、国民の自主自律を徹底させるのならば、納税から税制優遇措置の拡大によって寄付を促す方向への転換が考えられるわけである。

事実、周知のように、アメリカでは、大学の運営を始め、多くの社会的事業分野において、寄付が大きな役割を演じている。特に、多様な価値観を許容しなければならない文化的な領域においては、政府は補助先を選択できないのに対して、寄付では、寄付者の多様な見識により、多様なものが寄付対象になり得るという利点があり、また、寄付を受ける事業者の利益誘因として、寄付者の支持を集めるために事業運営の質を高める努力を促す点も見逃せない。

しかし、寄付という予測のつかない資金をあてにしていては、事業運営できない。そこで、寄付金を事業支出に充当するのではなく、寄付金で財団を作り、その運用収益を費消するのである。故に、税制優遇措置としては、寄付者にとって寄付金が損金算入できることだけではなくて、財団の運用収益を非課税にすることも必要なわけである。

長期投資という名のもとで大きな誤解があるようだが、資産運用には運用収益を利用する事業目的が明確にあって、その目的を実現することが資産運用なのだから、事業遂行に必要な原資が予測可能なものとして生成されるべきことは、資産運用の基本中の基本なのであって、この基本の徹底が投資技法の高度化をもたらすのである。実際、アメリカでは、高度な資産運用能力を有することで知られている財団が多くあるわけだ。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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