アルプスの小国オーストリアは第2次世界大戦後、中立主義を国是に掲げ、軍事同盟には加盟せず、冷戦時代には国連外交で紛争勢力間の仲介役を演じることで貢献してきた。
ロシア軍のウクライナ侵攻後、欧州の代表的中立国フィンランド、スウェーデンがいち早く北大西洋条約機構(NATO)加盟を決断したが、オーストリアはスイスと共にその中立国の立場を維持している。
ただし、スイスは中立主義の定義の見直し(「協調的中立主義」)や武器再輸出法案の是非を検討するなど試行錯誤する一方、そのスイスと共にオーストリアは7月、欧州の空域防衛システム「スカイシールド」(Skyshield)への参加への意思表明書に署名したことはこのコラム欄でも報じた(「『中立主義』との整合を問う2つの試練」2023年7月5日参考)。
「ヨーロッパ・スカイ・シールド・イニシアチブ」(ESSI)はドイツのショルツ首相が2022年8月末に提案したものだ。現在設置されている防護シールドは、基本的にイランからの潜在的な脅威に備えたものだ。例えば、弾道ミサイルとの戦いや、無人機や巡航ミサイルからの防御において欠陥があり、ロシアからの攻撃には対応できない。そのため、新たな空域防衛システムが必要というわけだ。ショルツ首相は、「高価で複雑な防空システムを独自に開発し、構築するより、欧州の共通防空システムは安価で効率的に利用できる」とアピールしてきた。
ESSIに加盟を表明した国は現在、17カ国だ。(スウェーデンは正式にまだ加盟していないが)加盟国の全てはNATO加盟国だ。加盟国ではない国の参加はスイスとオーストリアだけだ。それだけに、野党の極右「自由党」キックル党首は、「スカイシールド参加と中立主義は一致しない。NATOとロシアが戦闘した場合、わが国はその戦禍を受けることになる」と強く反対しているが、「スカイシールド」参加はあくまでも国内の空域防衛を目的としたものだ。NATOのように加盟国への支援義務はないから、「中立主義とスカイシールド参加は矛盾しない」という声が現時点では支配的だ。
オーストリアのネハンマー首相は14日、閣僚会議を招集し、欧州スカイシールド防空システムの一部として長距離システムの購入を決め、2027年に購入を開始することを決めた。ただ、射程50キロメートルを超える長距離システムは連邦軍の10カ年開発計画には含まれていなかったので、この決定を受けて正式に追加される。
ところで、今回のコラムのハイライトはオーストリアのナショナルデーだった10月26日のことだ。ウィーンの英雄広場では連邦軍の新兵の宣誓式などの慣例の儀式が行われる一方、国民を招き、連邦軍のヘリコプターや特別部隊の活動状況などがデモンストレーションされた。
後日になって判明したが、ネハンマー首相が先月26日、オーストリア共和国への忠誠を誓った女性兵士25名を含む950名の新兵の宣誓式に出席し、国の歴史、国防の意義などを語っていた時だ。オーストリアのメディアによると、80人の新兵が循環器系の不調のために早々と退席し、14人の新兵は意識を失い、その場で倒れたというのだ。
緊張していたこと、天候が暖かく、ユニフォームが重く、苦しかったこともあるだろう。それにしても、若い新兵が1人ではなく、14人も次々と意識を失って倒れたというのだ、その度に、軍関係者が意識不明で倒れている新兵を運び出すシーンが見られた。
首相の演説は14分間だった。予定では5分だったが、首相は持ち時間を大きくオーバーした。しかし、退席したり、倒れる新兵たちが続出するシーンはやはり問題だといわざるを得ないだろう。野党の社会民主党(SPO)議員が後日、議会でこの件をタナ―国防相に質問している。ネハンマー首相の予定以上に長かった演説か、天候のせいか、それとも新兵たちの基礎体力の問題か、さまざまな意見が聞かれたという。
それにしても、若い新兵たちが首相の14分間の演説を直立不動の姿勢で傾聴できない、ということは少々心細い、ロシア軍が侵攻してきた時、オーストリア連邦軍はウクライナ軍のように勇敢に祖国防衛のために戦うことが出来るだろうか、という一抹の不安が出てくる。
最新の武器システムは購入できるが、祖国防衛のために戦うスピリットは買えない。戦後から中立主義を堅持してきたオーストリア連邦軍は国連平和活動以外、実戦体験はほとんどないから、新兵に多くは要求できない。それこそ“ないものねだり”といわれてしまう。
いずれにしても、80人の兵士が気分が悪くなって退席し、14人の新兵たちが意識不明になって倒れた、というニュースを国民はどのように受け止めただろうか。最近の若者はだらしない、と叱咤する国民も出てくるだろう。一番いいことは、戦争が起きないことだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。