中東紛争と歴史教科書の記述問題

オーストリアの工業専門学校(HTL)の地理・歴史・政治教育のための教科書の中で、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスについて、「イスラム派民族抵抗運動」と説明されていることが判明し、文部省関係者も驚いて、教科書の出版社に訂正を要請したという。同国のメトロ新聞ホイテが24日、報じた。

欧州最古の総合大学の一つ、ウィーン大学の正面入口(2023年6月、撮影)

ハマス関連の記述に気が付いたのは、ウィーンのユダヤ博物館の前所長、ダニエレ・スペラさんだ。彼女の指摘が報じられると、ソーシャル・メディアで大きな反響を呼んだ。ポラシェック文相の広報官によると、「教科書を出版している会社に連絡を取り、ハマス関連個所の訂正文を印刷して学校に送った」という。

ハマスに関する定義では、イスラエル側はイスラム過激テロ組織と呼んでいる一方、アラブ諸国・イスラム国では一般的には「パレスチナ民族をイスラエルの占領から解放する運動」と受け取っている。国連で「テロ」対策のためにその定義を作成しようとした時、パレスチナ解放機構(PLO)を「テログループ」とするか、「民族解放運動」とするかで喧々諤々の論争が展開されたことがあった。

オーストリア政府はハマスが10月7日、イスラエルに侵攻して1300人のユダヤ人を殺害した直後から、ハマスを武装テロ組織と呼び、イスラエル軍のガザ地区報復攻撃に対しても全面的にイスラエルを支援、その自衛権を認めてきた。ネハンマー首相自身、ハマスに対する「断固とした行動」を呼びかけ、停戦に反対を表明し、「停戦などのあらゆる幻想はハマスに力を与えるだけだ。ハマスとの戦いには一切の妥協があってはならない」と強調している。ちなみに、同首相は10月25日、イスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相に全面支持を伝えている(「ガザ情勢でEU『首脳宣言』を採択」2023年10月28日参考)。

そのオーストリアの学校の教科書でハマスを「民族解放勢力」と説明しているとなれば、大きな問題となるところだったが、文部省が迅速に対応して事の拡散を最小限度に抑えたわけだ。ただし、同国で社会党(現社会民主党)が政権を握っていた1980年代、その中東政策はパレスチナ寄りだった。ネハンマー現政権は保守政党「国民党」主導の連立政権だ。

ところで、学校の教科書、特に歴史の教科書は自国の歴史、世界の歴史、政治情勢をコンパクトにまとめて学生に教えるだけに、その時々の政治情勢が教科書に反映されて、問題が生じることがある。

日本でも、「正しい歴史教科書を作ろう」という一部の保守派学者、知識人たちの運動があると聞く。特に、日本と朝鮮半島の関係では複雑な歴史問題があるだけに、歴史の教科書で客観的に正確に子供たちに伝えることは非常に大切だ。特に、敗戦後の日本人には自虐的な歴史観が一方的に教えられたこともあって、若い世代に自国の文化を誇り、祖国への愛を伝えることが難しい面がある(「『日本軍慰安婦』+『集団情緒』=反日?」2020年1月6日参考)。

ロシアや中国など独裁国家、共産党政権では学校の教科書は政府の意向をプロパガンダする手段として利用されている。最近でも、ロシア政府は8月7日、ウクライナ侵攻を正当化し、西側諸国がロシアを破壊しようとしていると主張する新しい教科書を発表したばかりだ。ロシアのクラフツォフ教育相によると、新しい歴史の教科書は、17歳から18歳の11年生が学ぶものという。

プーチン大統領は2022年2月24日、ロシア軍をウクライナへ侵攻させたが、同大統領は「ウクライナ戦争はキーウの政権と欧米諸国が仕掛けた」と堂々と表明、そのフェイク情報がロシアの歴史教科書にそのまま記載されているというのだ。

中国共産党が政権を握る中国でも状況はロシアと似ている。習近平国家主席は、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告を発する一方、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語は学校の教科書から追放されている。

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若い世代は学校の教科書だけでなく、インターネット、ソーシャルメディアからさまざまな情報を吸収しているから、学校の教科書で一方的な偏見の歴史観、情報が記述されていた場合、自己チェックできる機会はある。しかし、幼いころに学校の教科書から学んだ歴史はその人の生涯、脳裏に刻み込まれる。それだけに、学校の教科書での記述は慎重にチェックされなければならないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。