「バルミューダフォン」にあったもう一つの道

関谷 信之

2023年はバルミューダにとって苦難の年となった。

「当社は『高級』『アート性が高い』『革新的』とのブランド認知を持っている」

自社「ブランド」をこのように語ったのは、2年10か月前。

状況は大きく変わった。今期の売上高はピーク時3割減の133億円。純利益は20億円の赤字(※)。株価は、ピーク時(10,610円)の六分の一にも満たない1,600円台(2023年12月2日時点)。ブランド価値も大きく低下している。

【参考前稿】「利益率16%減」余裕なきバルミューダの新事業

ブランド価値は、自社製品を、反復購入させる「ロイヤルティ効果」と、他社の同機能製品より高価格で購入させる「価格プレミアム効果」で構成される。後者の「価格プレミアム効果」――バルミューダのいう『高級』ブランド認知――を毀損したのが、「バルミューダフォン」だ。

筆者撮影

バルミューダフォンで失ったもの

「(バルミューダフォンが)ブランド価値を毀損したという認識はない」

バルミューダの寺尾玄社長は、22年2月10日の決算説明会(21年12月期)でこのように述べた。

皮肉なことに、ブランドが毀損したのは、まさにこの日だ。同日、ソフトバンクがバルミューダフォンの「割引(ほぼ半額)」販売を開始したからである。

21年11月に発売されたバルミューダフォンは、スペックに見合わない高い価格設定で大きな批判を浴びた。当初の価格は14万3280円(SIMフリー版は10万4800円)。同程度のスペックのスマホが、“4万円”で売っている。iPhone最上位モデル「iPhone 13 Pro」(当時)が、“あと800円”で買えてしまう。このコストパフォーマンスの低さに注目が集まり、バルミューダの言う

「全てを曲線で構成したフォルム」
「革製品のように使えば使うほど馴染む感触」

といった「体験価値」はユーザーに響かなかった。

22年2月、価格は71,664円と、およそ半額に。同年6月には、一部家電量販店の「一括1円セール」。翌年1月には、ワイモバイルの「2023円キャンペーン」など、「割引」から「投げ売り」へ。スマートフォン市場において、バルミューダは「高級」ブランドたりえなかった。23年5月に同市場から撤退することとなる。

バルミューダフォンの失敗要因

バルミューダフォンの失敗要因は、自社の成功事例を踏襲(とうしゅう)しなかったことだ。

バルミューダの製品には「枯れた技術」を用いたものが多く、これらは高く評価されている。トースター然り、扇風機然り。成熟した技術の製品にユニークな機能を加え、秀逸なデザインを施す。五感に訴える気持ちよさ、製品全体が醸し出す雰囲気といった「定量化(数値化)」できない要素を付加価値に、高い価格設定をする。これがバルミューダの成功の鍵(KFS=Key Factor for Success)だ。

スマートフォンの技術はまだまだ発展途上。枯れてはいない。バルミューダフォンは、バルミューダのKFSから逸脱してしまった。「バルミューダらしくなかった」のだ。

バルミューダフォンもう一つの道

ではバルミューダらしい携帯デバイスとはどのようなものか?

あくまで私見だが、「携帯電話(いわゆるガラホ)」のようなものでも良かったのではないかと思う。「味が落ちるから」という理由で保温機能を省いた炊飯器を売っているバルミューダだ。スマートフォンの機能を絞り込んだ携帯電話を扱っても違和感はない。

寺尾社長はバルミューダフォン発表会見で、「スマホというあまりにも便利なものにくぎ付けになりすぎている。私も気付けばWebサイトを無駄に見ていた」と述べた。バルミューダフォンによる「デジタルデトックス(※)」効果についての発言だった。

※スマートフォン等デジタルデバイスから距離を置きストレスを軽減すること

デジタルデトックスを謳う携帯電話は少なくない。たとえば、スイスに本社を置くPunkt. (プンクト) の開発した携帯電話“MP02”だ。

MP02 Punkt. ウェブサイト/プラススタイル プレスリリースより

“MP02”は、androidOSを採用した携帯電話(ガラホ)である。機能は、通話・メールなど必要最低限に留め、サイズはバルミューダフォンより一回り小さい。ジャスパー・モリソン氏(※1)によるデザインは、シンプルそのもの。

「”デジタルデトックス”を実現したいミニマリストのためのデジタルデバイス」

としており、ある意味「バルミューダ」的ともいえる。

最先端の製品を大手と組んでゼロから製造するのではなく、「枯れた技術」の製品で、自社の理想とするフォルム・質感などを体現する。そういったやり方もあったはず。その方がバルミューダブランドの価値向上に寄与したのではないか。

成功を急ぎ、ブランド価値を低下させてしまってはもったいない。現在手がけている新事業「風力発電機開発」も、急いでいる感がある。

今は、自社の原点に立ち返る時ではないだろうか。

筆者撮影

【注釈】
※1 ジャスパー・モリソン
ロンドン出身のプロダクトデザイナー。日本、ロンドン、パリを主な活動拠点とする。無印良品の時計等のデザインも手掛ける

【参考】
バルミューダ決算資料