2023年11月22日に開票されたオランダ下院総選挙において、反移民、反イスラム、反欧州連合(EU)を掲げる「自由党(PVV)」が事前の予想を覆し第一党となりました。多くのメディアはこの政党を「極右」と呼んでいます。
2023年12月8日に発売になった私の新作書籍『世界のニュースを日本人は何も知らない5』でも解説していますが、欧州のかつてリベラルが強かった国も最近ではゆる戻しが来て極右政党が人気です。
オランダのトランプと呼ばれるウィルダース氏が2006年に結党したこの政党が最も強調するのは「反イスラム」です。
ウィルダース氏のX(旧Twitter)の投稿はかなり過激です。
「民主主義や表現の自由、男女平等などオランダの価値観に反対するメッセージを撒き散らすモスクは解体」
「オランダの価値観に反するイスラム教徒はオランダから出ていけ」
「オランダのすべての学校とメディアでムハマンドの漫画(風刺画)を掲げる」
などとかなり強烈な反イスラムのメッセージを掲げています。
なぜこの政党がこんな過激な反イスラムメッセージを掲げているのか?
なぜその様な政党に人々が投票したか?
遠く離れた日本に人には理解しづらいと思います。
まず「民主主義や表現の自由、男女平等などオランダの価値観に反対するメッセージを撒き散らすモスクは解体」に関してですが、オランダのイスラム教のモスクの中には、堂々と男女平等などを否定するヘイトスピーチを演説するところがあります。
表現の自由がありますので、その様な発言を禁止できないのです。
モスクだけではなく路上でメッセージを演説する場合もあります。
その中には、ユダヤ人の虐殺やイスラエルの殲滅を述べる人もいます。
次に「オランダの価値観に反するイスラム教徒はオランダから出ていけ」ですが、オランダは近代合理主義を絵に書いたような国で、欧州の北部は教会による支配を否定することで近代化しました。これを世俗化と言います。
ところがイスラム教はその逆で、多くのイスラム教徒は宗教が生活の中心なので、オランダ人の近代の経験とは全く異なる考え方なのです。
その次の「オランダのすべての学校とメディアでムハマンドの漫画(風刺画)を掲げる」ですが、これは日本人には最もわかりにくいと思われます。
日本の方にはなぜこの政党がムハンマドの漫画にこだわるのかは、ピンとこない方が多いでしょう。
ムハンマドの描写はイスラム教スンニ派では 預言者ムハンマドを漫画やイラストにしたり銅像にしたりすることは禁じられています。
そういったことに寛容な イスラム教徒の人々もいるのですが、保守系の人々はそうではありません。
例えば、預言者ムハンマドを犬として描いた風刺画で殺害予告を受けたスウェーデン人の漫画家、ラーシュ・ビルクス氏は、侮辱的だと保守派の怒りを買い、国際テロ組織アルカイダは同氏の殺害に10万ドル(約1500万円)の賞金をかけていたほどです。
ビルクス氏は2007年から警察の保護下で暮らしていました。2015年には表現の自由に関する討論会に出席中に銃撃され無事でしたが、同席していたデンマーク人の映画監督は死亡しました。
2005年9月30日にはデンマークの保守系大手日刊紙ユランズ・ポステンは、12名のイラストレーターが描いた預言者ムハマンドの風刺画を掲載しました。
作画する人がなかなかみつからず、作家のコーオ・ブリュイジェン氏が募集広告を出した結果集まってきた作品です。
ところがこれが保守派の怒りを買い、2006年には暴動に発展してしまいます。ブリュイジェン氏には何度も殺害予告が出されます。
イラストレーターの中には長い間警察の保護下で暮らしている人がいます。
この風刺画はノルウェーやフランス、イギリスのメディアでも転載されたりニュースで放映され、騒ぎが悪化し、欧州だけではなく中東やアジアでも暴動やデンマーク大使館の放火、不買運動などが起こります。
2015年には預言者ムハンマドのフランスの風刺週刊紙シャルリー・エブドのオフィスが襲撃され警官を含む12名が殺害、負傷者11名という大事件が発生します。
事件後にフランスだけではなく欧州各地で表現の自由に関する議論や抗議運動が起こります。
シャルリー・エブドはこの事件後も、ムハマンドやイスラム教を風刺するイラストを掲載したり、ムハマンドの登場する漫画を発売したりしました。
シャルリー・エブドの風刺は行き過ぎと非難されることもありますが、フランスでは裁判になってもほとんどの場合勝訴しています。
2021年3月には、イギリスの北部ヨークシャーにあるバタリーグラマースクールという高校では、宗教の授業で、シャルリー・エブドの事件の顛末と風刺画を引用した教員がイスラム教の保護者や地域の人より抗議され、デモに発展してしまいます。
この教師は学校により停職になり、パートナーや子供とともに身を隠して暮らさなければならなくなった上に、新たなアイデンティティまで与えられます。
イギリス政府はこの授業の内容には全く問題がないとして、抗議をした保護者や地域の人々を強く非難しました。その後調査によって教師の授業には問題がなかったとされ、停職は解かれましたが、彼は家に戻ることもできず、職場に復帰することはできませんでした。
別の町で、全く異なる人物として生きていかねばならなくなったのです。
イギリスの世論は教員に同情的で、表現の自由を守るべきだという意見が大半を占めました。
参照:ウェストヨークシャーの学校で授業中に預言者ムハンマドの漫画を生徒たちに見せて停職になった教師 デイリーメール
このように表現の自由を重視する欧州においては、 ムハマンドの風刺画を巡る事件が 大きな議論になっているのです。
特に 欧州北部においては 宗教や社会的な事柄、政治、人種に関することなどをブラックな笑いで 風刺をすることが伝統になっています。日本の感覚だとぎょっとするような強烈な風刺がテレビで流れ、新聞や雑誌もそのような笑いに溢れています。特にオランダは このような風刺を得意とする国です。風刺によって物事の本質をあぶり出し 議論につなげるというのは民主主義における非常に重要な役割だと考えられているのです。
ところが イスラム教では こういった欧州の風刺の感覚が通用しないので、放送局、出版社、映画会社、作家、お笑い芸人、学者、教員などが自主規制をするようになってしまっています。これは民主主義社会における健全ではないことであるとしてオランダ自由党はこの状況を非難をしているのです。
ウィルダース氏は自身のX(旧Twitter)において、預言者ムハンマドの風刺画を掲げ、オランダのすべてのメディアと学校にこの様な風刺画を掲載すると述べているのです。