正月恒例「餅を飲み込めず死ぬ」を真面目に考える --- 田尻 潤子

「食」は人生の楽しみの一つだ。しかし他人事ではない、

こんな話がある。ある介護施設で食事の際にペースト状の「ミキサー食」を提供したところ、泣き出した高齢者がいたそうだ(介護情報誌のウェブ版に掲載の記事「ミキサー食は泣くほど嫌?介護士が研修でわかった患者さんの気持ち【漫画】」より)。

正月になると「高齢者が餅を喉に詰まらせて死亡」というニュースを見る。ほとんど毎年恒例だ。高齢者は嚥下機能が低下するからだ。

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餅ではないが、昨年11月に90代がゼリーを喉に詰まらせ介護施設が2365万円の支払いを命じられるという、とんでもない判決があった。あまりにも酷い話だ。これでは介護・介助の仕事なんてやめたくなるだろうし、これから目指す人もいなくなってしまう。

私が終末期医療や尊厳死に関心を持つようになったのは20代に米国のホスピスで介助ボランティアをしたことがきっかけだった。

治療や延命措置を一切せずモルヒネによる疼痛緩和のみを行うのがホスピスの基本方針で、そのアメリカの施設では、入居者たちに提供する食事はボランティアスタッフや医師たちと基本的には同じものだった。

私が食事当番だったときも、入居者向けには食材を細かく切るよう指示があった覚えもない。ときどきジャンクフードを食べたくなる人がいたが、そんなときは家族が買ってきて差し入れをする。余命いくばくもないのだから、身体に悪そうなものでもお構いなしに食べる(施設側も容認)。しかし死期が迫ると食べなくなる。

私が見てきた限りにおいては、食事を受け付けなくなるとたいてい数日後に亡くなっていた。自然の流れだと思う。臨終状態で食事を拒む人に無理やり栄養を与えようとするほうがおかしいのだ。

ミキサー食の話に戻るが、これを提供する側は誤嚥性肺炎や窒息を招かないための「配慮」をしている。これは他人事ではない。例えばあなたの親が高齢になったときミキサー食なんか嫌だと言ったら?

ところが困ったことに、上に引用した訴訟の事例に介護業界は戦々恐々となるだろうから、今後こぞって(訴えられたら困るから)ミキサー食に力を入れるようになるかもしれない。しかし「スムージー状ハンバーグ」や「鮭のムース」なんて食欲がそそられない(泣いてしまう人がいるくらいなのだから)。

本人が一日三食ドロドロやペースト状でも全く気にしていないなら話は別だが、それを嫌がって普通に食事をしていて万が一亡くなるようなことがあったら、それはその人の寿命だったとみなすべきだと私は思う。さもなくば介護業界は人手不足と現職スタッフの疲弊で、日本の社会保障は財源不足で崩壊するだろう。

(※ 本論説は私個人の意見であり、日本尊厳死協会の公式見解ではありません。)

田尻 潤子
翻訳家。日本尊厳死協会会員。訳書に『「敵」に居場所を与えるな』(ルイ・ギグリオ著)がある。ウェブサイト:tajirijunko