先日複数のマスメディアから、教員の精神疾患による休職者が6千人を超え過去最大になったというニュースが流されました。
精神疾患で休職の教員、過去最多6500人 文科省の22年度調査
一方で時を同じくして、やはりマスメディアから、教員のわいせつ・セクハラによる懲戒処分者が高止まりしているというニュースも流されました。
わいせつ・セクハラで公立校教員242人処分…10年連続で200人超
前者は教員が被害者的立場であり、後者は逆に加害者的立場です。まずはマスメディアの記事(見出しや文面)が正しく実態を伝えているのかチェックします。
両ニュースとも根拠となるデータは「文部科学省の人事行政状況調査」ですので、その元データを見てみます。
- 1-1-4 精神疾患による病気休職者の学校種別・性別・職種別・年代別状況(教育職員)(過去5年間)
- 1-1-13 精神疾患による病気休職者及び1か月以上の病気休暇取得者の学校種別・性別・職種別・年代別状況(教育職員)(過去5年間)
- 2-4-3 性犯罪・性暴力等による懲戒処分等の推移(教育職員)(過去5年間)
精神疾患による休職者・休暇取得者の推移をみると、確かにここ2年間人数は千人〜二千人規模で増加し、教職員全体に占める割合も5年前と比べ3割増加するなど、深刻な状況といえます。
また20代教員は人数・占有率とも、年代別で最も高い増加率を示しており、その要因とされる「経験がまだ浅い年代であってもクラス担任など負荷の重い業務を任されることが多い」も事実であり、マスメディアの記事は概ね真実を伝えているでしょう。ただ、「業務量の偏りや保護者の過度な要求への対応」がその背景という文科省の分析は、言葉足らずの感が否めません。
一方わいせつ・セクハラに関しては、前年度より件数は増えたものの、3、4年前より件数は少なく、5年間に限ればほぼ一定に推移しています。
ところが「10年連続で200人超」「前年度比26人増」「深刻な状況が依然として続いている」というフレーズを一般市民が目にすれば、「教員の性犯罪行為が頻発して大変な状況だ!」という印象を抱きかねません。
この数字が「高止まり」かどうか意見の相違はあるでしょうが、上述2-4-3表の右下を見ますと、全教職員に占める性犯罪・性暴力による懲戒処分件数の割合は0.03%ですから、とても頻度が高いとは言えません。
もちろん人数・割合が少ないからといって、わいせつ・セクハラ行為は絶対に許せません。筆者自身管理職時代に教員を厳しく指導したことが複数回ありましたが、個々のケースでは厳罰に処すべきでしょう。ここで筆者が言いたいのは、マクロ的に見て限られた一握りの事例を一般化することの悪影響なのです。
このことに関連して「犯行時の職業別検挙人数(令和4年警察庁統計)」を取り上げます。
R4年実際にわいせつで検挙された教員は69人で、すべての犯罪の教員検挙数は590人です。筆者が調べたところ、ここ5年間(H30~R4)の検挙数は、558人→572人→535人→557人→590人と推移しており、前年比で増えたものの5年間ではほとんど増減していません。
それでは教員は他の職業と比べて恒常的に犯罪率が高止まりしているのでしょうか? 職種(職場環境・仕事内容)によって罪種割合に偏りが生じるのは当然ですから、どんぶり勘定になってしまいますが、データの得やすい犯罪総件数から教員と他の職業を比較します。
590人を教員総数約146万人(大学教員を含み非常勤は除く)で割ると、教員の犯罪率は約0.04%となります。
これと医療・保健従事者(約192万人)、弁護士(44,100人)、警察官・自衛官・消防士(計約66万人)と比較しますと、医療・保健従事者の検挙数は1,964人ですから犯罪率は約0.10%、弁護士は40人なので犯罪率は0.09%、警察官・自衛官・消防士は525人なので犯罪率は0.08%となります。
また、R4年の無職者を除いた検挙総数は82,778人ですが、これを全就業者人口6,723万人で割りますと犯罪率は約0.13%となり、これが職業人全体の平均値となります。
こう比較してみますと教員の犯罪率が極めて低いことがわかります。だからといって「教員は悪くない!」などと言うつもりは毛頭ありませんが、マスメディアなどが稀なケースを一般化する偏向・過熱報道(教員バッシング)を行うことで、問題のない大半の教員を疲弊させている実態があるのです。
このような状況を踏まえ、冒頭の精神疾患による休職者がなぜ過去最高にまで増加したのか、筆者は以下の4つが主要因と考えます。
- 煩雑な業務の拡大と給特法の存在
- マスメディアの偏向報道等による世論の誘導(教員バッシングなど)
- 教員に顕著な特性(生真面目、強い責任感、仕事熱心など)
- 教員倍率の低下に伴う志願者の意欲・意識・適性の低下
1、4については、過去何度も投稿していますので、下記などをご覧ください。
2.は前述した通りです。教員はかつて「聖職者」と呼ばれ、品行方正な人間でなくてはならないという価値観が強いためか、何か不祥事を起こせばたちまちマスコミのやり玉に挙げられてしまいます。
個々の犯罪・不祥事には厳しく対処すべきですが、過熱報道を繰り返せば、大多数のまともな教員のモチベーションを下げ、職場に閉塞感が漂います。そんな状況下で3.の特性が強い人は自分一人でストレスを抱えてしまい、ついにはバーンアウトしてしまうのです。
「業務量の偏りや保護者の過度な要求への対応」が精神疾患の背景だというのは間違いではありませんが、その根幹には、教員職務の境目があいまいになり業務量全体が増加していることや、意識的かどうかは別にしてマスコミが結果的に世論誘導していることがあるはずです。
精神疾患者の急増は学校(教師)崩壊の始まりです。文科省は教員数を増やすとともに、教員の職務・校務の精選、待遇改善に直ちに取り組むべきです。