煙害被害:燃焼微粒子を測る

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本稿では空気質測定に関して、2023年9月に追加導入したエアモニタと実測例について書いてみたい。

筆者は既に2022年11月より、地域の薪ストーブによる大気汚染被害の数値化・可視化を目しIQAirのエアモニタを設置、空気質測定を継続実施し公開していることは既に述べた通りである。

これらについての概要はこの記事動画を参照頂きたい。

エアモニタの検討

オランダ製のScapelerエアモニタを追加した理由は、予備系として測定値の継続性維持と分析に供する精度を確保する目的のためである。

各機器の特徴を挙げておく。

IQAirエアモニタ

  1. 5分間隔の測定と1時間平均値
  2. リアルタイム表示不能(5分以上遅れ、公開局は1時間遅れ)
  3. PMの径粒別質量測定(1.0、2.5、10)
  4. 微粒子センサー2基で正確性を維持
  5. 専用アプリケーション有り
  6. スイス連邦計量研究所による高精度保証

Scapelerエアモニタ

  1. 連続測定と20秒間隔平均値
  2. WEBサイトで完全なリアルタイム表示可能
  3. PMの径粒別質量測定(2.5、10)
  4. PN=各粒径粒子数測定も可能(0.3、0.5、1、2.5、5、10)
  5. 微粒子センサー1基(Plantower PMSA003)
  6. 専用アプリケーション無し

各機器には一長一短があり、実使用上でどちらが優れているかということではない。

昨シーズンから現在までIQAirのエアモニタを運用し、生データの欠落は発生していない(CSVダウンロードで確認済)が、スマートフォン上での表示値のみが欠落するシステム障害が発生したことや、本務機であるIQAirのエアモニタが故障した場合に備える必要を感じた。

運用上で最も大きな差異は、IQAirエアモニタは5分間隔測定でありその間の任意時刻の測定はできないが、Scapelerエアモニタは連続測定であり「取りこぼし」が皆無な点で、実態の正確な把握には好都合である。

そこで、他のエアモニタを数種検討した結果、Scapelerのエアモニタを導入することにした。

Scapelerを選ぶ

現在5種類の「ApriSensor sensorkits」がラインナップされている。

「Raspberry Pi Zero W」に「Particulate matter sensorとMeteosensor」を搭載して構成される。搭載するsensorの種類と、データの保管期間の違い(数日または2箇月)で5種類となっている。

最も高級な機器「ApriSensor-Duo、265.00ユーロ」は、Particulate matter sensorとして「Plantower PMSA003」「Sensirion SPS30」の2種を搭載し、sensorの特性による結果の違いを検証可能としている。

ApriSensor-Duo

筆者はこの中で以下の機器を導入した。singlesensorではあるが、データ保管期間が2箇月の機器で最安値という理由である。

Scapelerエアモニタは筆者の要求する必須要件である完全自動測定とCSVのダウンロードができること、連続測定によりその時点での測定値グラフの自動生成地図上でのリアルタイム表示が可能な点に加え、PN(Particle Number)測定が可能な点も評価した。

なお、日本でこのエアモニタを導入希望ならば、最も安価なApriSensor-SH sensorkit(145,00ユーロ)で良いと思う。データは数日間しか保持されないが、その間に測定グラフをダウンロードすれば済む。

Scapelerエアモニタの設置数を確認(2024年1月17日現在)したところ以下の状況である。

オランダ:90基以上、ベルギー:7基

スイス:6基

日本:1基

ちなみに、筆者が設置したこの1基は、EU域外で最初のものである。

なお、各国とも設置位置はプライバシーに配慮し正確な設置位置を示さないようになっている。

どの国でも身勝手な煤煙発生者は常に凶悪粗暴身勝手であるそうで、実際にドイツ等では、薪ストーブ使用者に苦情を伝えたら逆に被害者側が薪で殴打される・刃物で斬りつけられる・チェンソーや鉈で威嚇される・嫌がらせとして警察に偽の通報をされる・という事件が起きているようだ。

個人設置の測定機器の正確な位置の秘匿は犯罪予防策でもあるという。

筆者も前述のように「威圧恫喝」の他に、「チェンソーや草刈機の空ぶかし・犬のけしかけ」という悪質な嫌がらせを薪ストーブ家屋から受けたことを付け加えておく。

オランダ国内の大気汚染解決団体

ここで、「Scapeler」と協力関係にある組織、「Stichting HoutrookVrij」について簡単に触れておこう。

オランダ王国では、薪ストーブや暖炉が非常に多く設置使用され(ヨーロッパで最も人口密度の高い国であるオランダには約100万台の薪ストーブがある)、その煙害被害(迷惑行為とされている)が欧州随一の酷いレベルであるという。

そのような状況の改善のために民間人研究者や被害者が結集し運営している組織である。活動は測定調査だけでなく、研究をもとに政治家や社会に啓蒙・働きかけを積極的に行っている。

筆者が思うにはこれらの組織は現在、世界で最も先進的かつ実務的な大気汚染解決団体であると言える。

そして、技術に特化したScapelerメンバがノウハウを結集し独自に開発したエアモニタは被害者自身のニーズを盛り込み、住環境での煙害被害の実態を自身で測定するに最も適した機器であると言える。

PN測定も可能

PN(Particle Number)という用語は本稿で初めて出した。

PNについては自動車業界、特に排ガスに詳しい方はご存じだろうと思う。

一般的傾向としては、燃焼器具が高度化し燃焼効率が向上する(といっても限界が有るが)につれ汚染物質の総排出質量は減少するものの、排出される微粒子の径粒がより微細になり、総粒子数が大幅に増加するという指摘がされている。

2.5よりも微細な1.0クラス以下のさらに小さいPMは、従来の測定機器では捕捉しにくい。そしてさらに悪いことに極小化したPMは健康被害をより深刻にする懸念も指摘されている。

PN測定は元々は自動車排ガスを対象としているが、主に家庭の木材燃焼行為により発生する住環境における煤煙の脅威に対し、PNの連続測定すなわち粒径別の粒子数測定を行う意義は有ると筆者は考える。

微粒子の大きさの模式図

蛇足だが、WHOでは以下のような指摘をして警告を行っている。

つまり、低温燃焼では多数の著名な有害ガスが放出され、逆に高温燃焼ではさらに極小化した微粒子数が増加し放出されるということになる。

低温でも高温でも結局は有害な物質は放出されるわけで、WHOの警告を重視するなら住宅が集まっている地域にあっては各家庭個別での薪ストーブ等の「古典バイオマスを燃料とする小型燃焼器具」は決して推奨されるべきものではない、というのが医学的・科学的に正しい。

気候や健康上の理由を以てガスコンロを禁止(米国)するなら、その理論に従うのであれば当然に薪ストーブも同時に禁止とせねばならないはずである。

さらに、日本国政府の、住環境公害を無視する「民家へのバイオマス推進」は国際的には逆行政策である。

SDGsでも本来削減廃止が示されているはず、欧米諸国でその害が認識され規制強化は何度も指摘した通りである。

SDGs7.1
2030 年までに、安価で信頼性が高く、かつ現代的なエネルギーサービスへの普遍的アクセスを確保する。

→古典的バイオマスである木材燃焼、薪の使用を削減すべきとの趣旨がこの項目の本旨である。家屋等の個別での木材燃焼は削減対象であって、薪ストーブや暖炉を推進する理由に、この項目を援用するのは完全に間違っており、木材燃焼での大気汚染を正当化する根拠にはならない。

測定の実際

ScapelerエアモニタでPN測定が可能になったことにより、燃焼のタイプによって粒径別の粒子数の大まかな比率が異なることを示すデータが採れたので、典型例を紹介しておこう。

燃焼微粒子に関して、概ねの一般的傾向としては以下であると言われている。

  1. 薪ストーブ等の密閉式焼却炉で燃焼温度が比較的高温になる場合は、より微細粒径の割合が多くなり逆に大粒径が少なくなる。
  2. 廃棄物等のOpenburningでは低温燃焼であり、大粒径の割合が多くなる上に総排出質量も多い。

高温燃焼の排気(左上)と低温燃焼の排気(右下)

これを念頭に以下のグラフを見ていただきたい。

薪ストーブによる煤煙の測定例

焚き付けか薪の追加などの操作が行われていると思われる時刻にスパイク値が見られる。

1枚目のグラフ(PM2.5)の量に比して2枚目のグラフ(PM10)の量が少なめであることに留意されたい。

3枚目のグラフのPN測定値で示すように7時すぎの焚き付けと思われる猛煙では、全ての粒径で例外的にスパイクが見られるが、その他の時刻全てでPM5やPM10といった大粒径での変化が殆ど見られず、PM2.5以下の小粒径の値のみが大きく変動している。

これにより薪ストーブのような密閉焼却炉による排煙に含まれる粒径分布の特徴を示すとみることができる。

なお、本グラフで16時以降に全ての値が減じているのは、4枚目のグラフに示す気温変化つまり天候悪化により風向が変わり、測定上は残念ながら(本当は幸運ではあるが)煤煙が測定機器に向かわなくなった為である。

他の発生源による影響については、同時刻にOpenburningは行われていないことを確認してある。またこの地域では夜間はOpenburningは行われず、夜間の煤煙発生源は家屋の薪ストーブのみである。煤煙を常時排出する大規模発生源も存在しない。

風向が転じてもPM5やPM10といった大粒径のPN値だけはほぼ変化しないことも意外な発見ではある。

Openburningによる煤煙の測定例

以下はごく短時間のOpenburningによる煤煙である。PM2.5と共にPM10の双方の質量が非常に多いことが一目瞭然である。

PNも各粒径で満遍なく明確に増加を示しており、不均質な燃焼物を低温で焼却するOpenburningでは「粗い粒子」も大量に発生することを示唆しているといえる。

なお、当日は清浄な空気質であり、同時刻帯に他の発煙源や薪ストーブは使用されていないことを確認してある。

清浄な日の測定例

参考として、理想的と言える程度に非常に清浄であった日の測定値を以下に示す。


編集部より:この記事は青山翠氏のブログ「湘南に、きれいな青空を返して!」2023年1月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「湘南に、きれいな青空を返して!」をご覧ください。