コロナウイルスによるパンデミックが始まってから4年間が経過し、この4年間を検証する時期に差しかかっている。最近、政府・分科会会長として、わが国のコロナ対策を主導した尾身会長の著書を読む機会があった。分科会内部や政府との1,100日間に及ぶ葛藤が記録されており、資料も充実していて読み応えのあるものであった。
コロナによる感染が拡大して医療のひっ迫が懸念されると、緊急事態宣言を発令して感染対策を強化する。医療のひっ迫が軽減されれば、行動制限を緩和し、社会経済を動かす。尾身会長は、これをハンマー&ダンスと称しているが、この様な対策をとることによって、わが国は、諸外国と比べて死亡数を低く抑えることができたと自負している。
図1は、6か国における人口100万人あたりのコロナ感染による死亡率を図示したものである。ワクチン接種が開始されるまでは、日本を含めてアジア3か国と米国や英国との間には、死亡率において100倍の差があった。
尾身会長は著書の中で、パンデミック初期の日本では、接触機会の削減やクラスター対策、3密回避などの対策によって、感染者数や死亡者数を低く抑えることができたとして、日本のコロナ対策を評価している。
しかし、米国や英国では、ロックダウンによって日本以上に厳しい行動制限をとったことを考えると、日本が行動制限によって、感染者数や死亡数を欧米の100分の1に抑えられたとは思えない。その後、アジアの3か国は、ワクチン接種を始めると、欧米と同等の死亡数が見られるようになった。とりわけ、日本は、追加ワクチンの接種開始後の一時期、コロナによる死亡数が世界でも最多になっている。
図2には、ヨーロッパ8か国のパンデミック初期から現在までのコロナ感染による死亡数の推移を示す。2020年4月と2021年1月に大きなピークが見られ、その後は小さなピークを繰り返して終息に向かっている。
アジア諸国では、2020年にはピークは見られていない。2022年の中盤以降、アジアの他の国では死亡数が減少しているが、日本のみ増加しており、最大のピークは2023年の1月に見られた(図3)。
ワクチンは、標的となる病原体にのみ特異的に予防効果があると考えられていたが、最近の研究では、標的となる病原体以外に対しても非特異的な効果があることが示された。
Do vaccines increase or decrease susceptibility to diseases other than those they protect against?
BCGのような生ワクチンは自然免疫をトレーニングすることで、非特異的な感染予防効果が得られるが、死菌ワクチンでは、標的以外の病原体についてはかえって感染しやすくなることが明らかになった。mRNAワクチンでは、追加接種を行うとかえってコロナウイルスにも感染しやすくなると言われている。
コロナの流行初期には、欧米と比較して圧倒的に感染頻度が少なかったことを、生ワクチンの非特異的感染予防効果で説明できるだろうか。
実際、コロナによる感染率や死亡率が国によって大きな差が見られる現象を、BCG接種の有無で説明しようと多くの研究が行われた。しかし、BCGの効果があるとする報告と無いとする報告とが混在しており、一致した結論は得られていない。コロナに対するmRNAワクチンが接種される以前には、BCGによる無作為割付試験も行われている。
BCGには何種類かの接種株があるが、よく用いられているのは東京株とデンマーク株である。コロナ感染予防を目的としたBCGによる無作為割付試験では、東京株では予防効果が見られたものの、デンマーク株では見られない。
Randomized Trial of BCG Vaccine to Protect against Covid-19 in Health Care Workers
もともと、米国、カナダ、イタリア、オランダ、ベルギーではBCGを接種していない。多くのヨーロッパ諸国も、BCG接種を中止している。一方、アジア、アフリカ、南米諸国では、現在も、BCG接種を継続している。
表1にはパンデミックの始まりからワクチン接種が開始されるまでの期間(2020年2月15日〜12月31日)における各国のコロナ感染者数と死亡数を示す。BCG接種国、とりわけ、東京株を接種したアジア諸国の死亡数は、BCG非接種国の10分の1から100分の1である。
コロナ感染者や死亡数の報告は、その国におけるウイルスの検査回数に大きく影響される。検査回数が少ない国では、実際はコロナ感染死であってもコロナによる死亡とされずに、コロナによる死亡数が低く報告されている可能性がある。
日本を含めて東京株を接種したアジア諸国は、ヨーロッパ諸国と比較してウイルス検査回数が少なく、この結果、感染者や死亡数の報告が少ない可能性がある。そこで、コロナによる死亡数に加えて超過死亡を検討に加えた。
超過死亡は、見逃されたコロナによる死亡を含んでおり、より実態を反映している。東京株を接種したアジア諸国は日本を含め5カ国中4カ国が、過小死亡を示した。タイの超過死亡も人口10万人あたりわずか1人であったことから、これらの国では実際に欧米諸国と比較してコロナによる死亡が少なかったと考えられる。
図4では、箱ひげ図を使って、BCG非接種国、東京株接種国、デンマーク株接種国の2020年2月15日から12月31日におけるコロナ感染者数、死亡数、超過死亡の範囲を示す。
BCG非接種国、東京株接種国、デンマーク株接種国の感染者数の平均値は40,465人、1,905人、15,102人でBCG非接種国と東京株接種国、デンマーク株接種国との間には、統計学的に有意な差が見られた(p=8.5×10-6、 p=0.009)。
死亡数の平均値は、979人、25人、356人で、同様に、BCG非接種国と東京株接種国、デンマーク株接種国との間には、有意差が見られた(p=4.0×10-5、p=0.01)。
超過死亡の平均値は、126人、-17人、102人でBCG非接種国と東京株接種国とには、有意差が見られたが(p=4.8×10-6)、デンマーク株接種国とには有意差は見られなかった(p=0.6)。また、東京株接種国とデンマーク株接種国との間にも有意差が見られた(p=0.01)。
そもそも緊急事態宣言のみで、ロックダウンを行なった国と比較して死亡率が100分の1になるとは考えにくい。低い死亡率は、日本のみでなく東京株を接種したアジア諸国に共通している。
2020年における低い感染率や死亡率を、社会的な側面のみでなく、生物学的な側面からも検討すべきである。同時に、2020年には見られた欧米諸国に対し100分の1以下の死亡率が、2022年には逆転した原因を明らかにすべきであろう。