アメリカンスピリッツを買い取るのがいかに難しいかは歴史が物語っています。
1989年10月31日の朝日新聞の夕刊一面に「ロックフェラーグループ株 三菱地所が51%取得 正式合意」とあります。このニュースは日本のバブル絶頂期の最大の象徴としても過言ではないと思います。アメリカの5大財閥の一つであるロックフェラーの持つ14の不動産を実質的に支配するというとてつもないディールであり、これが後年、日本のバブルの光と影として、あるいはアメリカでは魂を売ったとし、パールハーバーの怒りを再燃させたような事態にもつながりました。その後、バブル崩壊で三菱地所は大打撃を受け、実質撤退を余儀なくさせられます。
バブルの象徴はこの三菱地所のロックフェラー買収、ソニーのコロンビアピクチャー買収、および松下電器産業(パナソニック)のユニバーサル買収が三大買収とされます。その中で私が当時勤めていた青木建設が買収したウェスティンホテルの全資産買収もお宝だらけでした。その中にあのニューヨーク、プラザホテルが入っていました。同ホテルはセントラルパークの端に位置し、1907年建築のフレンチルネッサンス様式でアメリカのランドマーク建築物の一つです。
私は秘書時代にかなりの頻度でニューヨークに行きましたが、会長はセントラルパーク近くの自宅マンションを持っていたので私はそこから近いプラザホテルに泊まりでした。ただ、正直堅苦しくて嫌で、もう一つ持っていたブロードウェイのそばの知る人ぞ知るアルゴンキンホテルにこっそり宿泊したりしたこともあります。そのプラザホテルの不動産を青木から買ったのはトランプ氏で、その後もトランプ氏のために青木が持っていたウェスティンが同ホテルを運営していたため、私ごとき分際でも泊れたのでした。たぶん、ドナルド トランプ氏と大型ビジネスディールした唯一の日本の会社かもしれません。
「切った張った」が好きなアメリカ人でも魂は売りません。それこそヤンキーズやドジャーズが買収できるのか、という話に近いのでしょう。金額とか、ビジネスディールといった理論の積み上げではなく、アメリカそのものなのです。銀座和光のビルや丸の内のオフィスビルを外国が買うとしたら日本は必死の抵抗をするでしょう。それと同じです。
では日本製鉄が買収しようとしているUSスチールはどうなのでしょうか?
アメリカ人は同社にノスタルジアを持っているように見えます。それがトランプ氏の「俺は即座に反対」としている真意だと思います。ところが大前研一氏は逆に日本製鉄がUSスチールにノスタルジアをもっているとするブログを3月29日号に記載しています。
「なぜ日本製鉄はこんな会社が欲しいのでしょうか。単なるノスタルジアからでしょうか。昔のUSスチールはいい会社で日本製鉄ともうまくいっていましたが、今はひどいものです。(中略)大統領に嫌われ、政治的に蹴散らされ、日本が何か悪いことでもしたかのように言われるのは日本からすれば迷惑な話です。40年前のUSスチールには輝くところはありましたが、日本にやられ、トリガー価格制度の導入や日米貿易戦争などを経て、そして目を離している間に、ここまで落ちてしまいました。そんな会社を買収するのです。USスチールには買収する価値などありませんよ。」と。
私は日本製鉄を応援しています。ただ、現状雲行きは厳しいと言わざるを得ません。私の2月8日付「日本製鉄のUSスチール買収は出来るのか?」で私の考える6つの案を提示しました。その1つ目の案である雇用の確約と平和的買収の組合への申し入れを同社が行いました。これに対して全米鉄鋼労働組合が「空手形」と称しました。理由は雇用を約束しているが「予期せぬ経営環境の悪化」など留保条件が付いているからだ(日経)としています。
またTBSが鉄鋼労組委員長との単独インタビューで「買収者として不適格」と述べています。ただ、このインタビューを見る限り、日本製鉄が鉄鋼労組に「仁義」を入れなかったことへの怒りのほうが大きく「メンツをつぶされた、仕切り直しをせよ」と言っているように聞こえます。つまり、何が何でも反対ではないのだが「おまえ、アプローチを間違えただろう。俺様を誰だと思っているのだ!」という上から目線ありありなのです。
では仕切り直しをすればライバルであるクリーブランド クリフスに買収のチャンスの芽が再び起きるのか、といえば厳しいと思います。理由はUSスチールとクリーブランドでEV向けの鉄鋼の供給が100%になるかと思うので独禁法上、買収が成立しない公算が極めて高いからです。
一方、直近のニュースで岸田首相が今月、訪米する際、バイデン大統領にこの買収話を持ち掛けるのか、という質問に首相は「一企業の話」であり「今回のアジェンダには入っていない」と述べています。これは私の6つの提案の一つであっただけに残念であります。(オフレコの話はする気がしますが。)
日鉄のUSスチール買収は論理の話ではなく、アメリカの魂に触ってしまっていることがあります。しかし、例えば会社を台湾企業に売却したシャープや海外企業に事業売却した数多くの家電メーカーもあることを考えればUSスチールがきらびやかな事業状況ではないことも鑑み、救済的な意味合いも含め、労働組合にも決して悪い話ではないはずです。
こうなると株主総会での決議よりも日鉄のUSスチールへのリスペクトと協業の姿勢でしょうか?対策の一つとして全米の主要紙に1面全部を使ったadvocacy advertisement(意見広告)を入れて世論を味方につける算段を打つ手はあるかもしれません。劇薬であり、失敗すると自爆する極めてリスクの高いやり方ですが、政争の具である現状を踏まえ、目には目を、という手段もあるのかもしれません。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年4月5日の記事より転載させていただきました。