英語ではパスオーバーと呼ばれるユダヤ人の祝日「過越の祭」(ヘブライ語でペサハ)が今月23日から29日まで1週間続く。米メディアでは、イスラエルは「過越の祭」が終わる今月末まではイランへの報復攻撃を控えるのではないかという観測報道が流れていたが、イラン国営メディアによると、19日早朝(現地時間)、イスラエルからイラン中部イスファハンにミサイルの攻撃があったという。イスファハン州の軍事施設近くで3回の爆発音が聞こえたほか、複数のドローンが撃墜されたという。被害状況や攻撃の規模については報じられていない。
イスファハン州には軍事基地や無人機製造施設のほかウラン濃縮活動を行うナタンツの核施設があるが、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は19日、「核関連施設は攻撃を受けていない」と述べた。
「過越の祭」は、ユダヤ人の指導者モーセがエジプトで奴隷生活をしてきたイスラエルの民を率いて神の約束の地カナンに向かって出エジプトをする話の中で登場する。モーセがエジプト王ファラオにイスラエルの民を出国させよと求めるが、ファラオはそれを拒否。神は裁きとして長子を全て殺すと警告。同時に、イスラエルの民には家の戸口に羊の血で印をつけるようにと命じた。その結果、エジプトの家庭の長子は悉く殺されるが、戸口に子羊の血が塗られている家は無事だった。イスラエルの民はその後、神に感謝し、家族が揃ってゼーダーと呼ばれる特別な食事を楽しむ祝日となった。パン種を用いずに焼かれたマツォットと呼ばれるパンを食べる(「モーセと『神の娘(バト・ヤー)』の話」2024年4月3日参考)。
一方、イスラム教徒はイスラムの5行の一つ、ラマダン(断食月)を終えたばかりだ。聖なるラマダンの期間、パレスチナでイスラエル軍とガザ地区のイスラム過激テロ組織「ハマス」間の戦闘が休戦するのではないか、と一部で期待された。同じように、ユダヤ民族の主要祝日「過越の祭」が始まる今月23日を控え、イスラエル側はイランへの報復攻撃を控えるのではないかという憶測情報が一部で流れた。
シリアの首都ダマスカスのイラン大使館が今月1日、イスラエル側の攻撃によって破壊され、イラン革命防衛隊(IRGC)の准将2人と隊員5人が犠牲となったことを受け、テヘランは13日から14日にかけ、300発以上のロケット弾、巡航ミサイル、無人機でイスラエルを攻撃した。イラン国営メディアによると、「エマド」や「ケイバルシェカン」などの中距離ミサイルや巡航ミサイル「パヴェ」が発射された。そしてシャヘド136と呼ばれる「神風無人機」が攻撃に加わった。同無人機はロシア軍がウクライナとの戦いでも使用している。
イラン当局の説明によると、イラン革命防衛隊(IRGC)はイスラエルに対する大規模な攻撃では最新鋭のミサイルを使用しなかった。タスニム通信は、IRGC航空宇宙軍司令官アミール・アリ・ハジザデ准将の発言として、「われわれは最小限の強度の旧式兵器を用いてシオニストの敵に対して行動した」と伝えた。イラン当局がイスラエルとの正面衝突を回避するため報復攻撃を抑制したものと受け取られている。
イスラエルのイラン核関連施設への攻撃を恐れ、イランはナタンツのウラン濃縮関連施設を地下深い場所に移動し、今日まで活動を継続している。イランは2015年7月、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国と核合意を締結し、イランの核開発計画は核エネルギーの平和利用と主張してきた。しかし、トランプ米前政権が2018年5月、イランが核合意の背後で核開発を続行しているとして核合意から離脱後、イランは順次に核合意の内容を破棄し、IAEAの査察活動を制限する一方、ウラン濃縮活動を加速し、高濃度ウランの増産を進めている。イランの核開発計画を外交交渉で解決する道はもはや難しくなってきている。イランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのは時間の問題だ(「イラン核関連施設破壊の『Xデー』」2024年4月18日参考)。
イランが核兵器を所持すれば、イランが軍事支援するパレスチナ自治区ガザの「ハマス」、レバノンのイスラム根本主義組織「ヒズボラ」、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派などに核拡散する危険が高まる。イスラエルは国の安全を脅かすイランの核兵器開発の阻止を最重要課題としている(イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設「ダイール・アルゾル施設」を爆破)。
西側の軍事専門家は「イスラエルの無人機がイスファハンまで飛行してきたことにイラン側はショックを受けている。イスラエル側が大量の無人機を動員すれば、イランの防空システムではイスラエルの無人機を全て撃ち落とすことはできない」と予想している。
イスラエルは今日、民族の存続を脅かす宿敵イランと直接対峙している。ネタニヤフ政権がどのような戦略を下すかは「過越の祭」が終わる今月末までには明らかになっているだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。