「もしトラ」 どうする日本

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私は、3月21日に豊橋市のホテル・アソシアで開催された東愛知サロン会に招かれて2時間ほどの講演を行いました。

今回の講演のテーマは、ずばり「アメリカ大統領選挙のゆくえと日米同盟関係の将来 ~日本外交の進むべき道」。その概要は、翌日の本紙1面で報道されましたが、当日都合で出席できなかった方々からもご要望がありますので、改めて講演の内容を簡単にまとめて披露させていただくことにします。

前代未聞の米大統領選挙

まず米国大統領選挙については、周知の通り、候補者は民主党のバイデン大統領、共和党はトランプ前大統領で事実上決定しており(正式決定は7月開催の両党の全国大会で)、目下11月の本選に向けて両者が激しく争っています。

バイデン大統領と懇談する岸田文雄首相
首相官邸HPより

最新の各種世論調査によれば、まさに互角の戦いで、どちらが勝つか予測できません。共に高齢であるというハンディキャップのほかに、様々な問題点を抱えているからです。

とくにトランプ氏については、2か月前の本欄で触れたとおり、連邦議会議事堂襲撃事件、脱税疑惑、女性スキャンダル(不倫相手のポルノ女優への「口止め」料支払い問題)など4件の刑事裁判の被告になっています。

本人は、相変わらず「これは民主党による政治的な魔女狩りだ」として全面的に無罪を主張していますが、裁判の行方は不透明。いずれにせよ、大統領経験者がこのような裁判の被告になるのは米国でも前代未聞のことで、我々日本人の感覚ではとても考えられませんが、そこがまたアメリカという国の不可思議なところでしょう。

実は私は、8年前の大統領選挙の直前、2016年10月にも訪米しました。母校のハーバード大学法科大学院の卒業後50周年の同窓会に出席するのが主目的でしたが、その際に旧友たち(その多くは法曹界や政財界の要職経験者)に、トランプと民主党のヒラリー・クリントンのどちらを支持するか尋ねたところ、クリントン支持と答えた人が圧倒的に多数でした。ワシントンでも後輩の駐米日本大使や新聞社の特派員たちの意見を訊くと、ほとんど全員がクリントンの勝利を予想していました。

ところが、東京に帰ってすぐ、大方の予想を裏切ってトランプ当選の報に接し、びっくり仰天。と同時に、アメリカの国内政治の複雑さをつくづく再認識させられました。直接投票ではヒラリーが僅かながら勝っていたのに、州ごとの選挙人獲得数でトランプが逆転勝利したわけで、トランプ陣営がいかに選挙戦略に長けていたかがわかります。

アメリカ人の本音を代弁

しかし、それだけではなく、番狂わせの最大の原因は、「隠れトランプ支持者」が非常に多かったということです。後で判ったことですが、知的にも経済的にもエリート層に属する人ほど、表向きは当然のように民主党のヒラリー支持だと答えますが、内心ではトランプに共感していたようです。

例えば、移民問題については、トランプのようにメキシコ国境に万里の長城のよう壁を築くのはやり過ぎだと言いながら、腹の中では、不法移民が大量に入って来ると治安が悪くなるし、保護するためには莫大なコストがかかる、だから壁は必要だ。

また、社会保障制度については、不法移民や貧乏人たちまでカバーするとなると我々の経済的負担が増えるからオバマ・ケア(国民皆保険制度)には反対だ。しかし、そんなことは言いたくても公には言いにくいが、トランプはずばり代弁してくれている。だから彼の「米国ファースト」には大賛成だーーというのが本音なのではないかと思います。

「アメリカ第一主義」

今振り返ってみると、確かに、民主党のオバマ政権時代の政策(「核なき世界」、パリ協定、イラン核合意など)は国際的には大変好評でした。

チェコの首都プラハのフラチャニ広場で演説するオバマ大統領(当時)
出典:Wikipedia

しかし、トランプ支持者たちに言わせれば、そういったオバマの国際的なパーフォーマンスは米国の利益にはなっていない。現在の米国にはかつてのように「世界の警察官」になる余裕はないのだから、もっと国内利益最優先の現実的な政策を打ち出すべきだということでしょう。

さらに言えば、ウクライナ戦争やパレスチナ(ガザ)紛争も、トランプ政権なら起らなかっただろうし、ロシア、中国、北朝鮮、イランなどが世界各地でのさばることもなかっただろう。もし大統領に再選されたら、これらの戦争や紛争はあっという間に解決するとトランプ自身が豪語しています。

「第2次トランプ政権」の政策

さて、半年後に迫った大統領選挙の結果について現時点で予測することは甚だ困難ですが、トランプ政権再登場の可能性がある以上、私たち日本人も今のうちからある程度心の準備をしておく必要があると思います。

もし第二次トランプ政権になったら、第一次政権の時より、もっと大胆かつストレートに“トランプ流”を打ち出すだろうと思われます。とくに外交政策は大きく変わる可能性が考えられます。差し当たり注目されるのは、ロシアによる侵攻が続くウクライナ戦争とパレスチナ(ガザ)紛争にどう対応するかです。

ウクライナ戦争については、戦争の長期化に伴い、ウクライナを支援する米欧諸国に「援助疲れ」が目立ってきています。最大の軍事支援国である米国では、野党・共和党が多数を占める議会下院で、これ以上のウクライナへの支援は継続すべきではないという意見が高まっています。そのため、与野党の対立から追加支援のための予算が承認されない状態が続いており、昨年末以来資金が枯渇して軍事支援が滞っています。

ウクライナ戦争支援

これに対し、ゼレンスキー・ウクライナ大統領の必死の要請を受け、バイデン政権は懸命に支援の継続を訴え、議会工作を行っています。

その結果、下院は4月20日、ウクライナへの追加の軍事支援のための緊急予算案を超党派の賛成多数で可決しました(賛成311票、反対112票)。予算案は、総額およそ608億ドル、日本円にしておよそ9兆4000億円となっていて、支援の一部は返済義務がある借款の形をとることになっています。

この予算案はその後、4月23日、民主党が過半数を占める上院でも超党派の多数で可決され、直ちにバイデン大統領の署名によって成立しました。ゼレンスキー大統領は「ありがとう、アメリカ!」というメッセージを発表して謝意を表明しました。

これでウクライナの継戦能力は確保されましたが、逆に言えば、それだけ戦争が長引くことになり、ウクライナ市民の苦難と犠牲は増え続けることが懸念されます。

中東紛争の拡大の惧れ

他方、パレスチナ(ガザ)紛争については、イスラエル軍の「過剰反撃」に国際的な批判が高まっていますが、米国はイスラエルに自重自制を求めつつも、基本的にはイスラエル支援の立場を堅持しており、状況は極めて微妙になっています。とくにトランプ氏は、以前からイスラエル贔屓で知られるので、大統領に復帰したらどう対応するか、状況がどう変わるか、大いに注目されます。

さらに気になるのは、今まで不倶戴天の敵同士として激しく対立しながらも直接対決は避けていたイランとイスラエルの間でも、この数日来、ミサイルやドローンによる攻撃が繰り返されていることです。ただ今(4月23日)現在、攻撃の応酬は一定のレベルに抑えられているように見えますが、双方が核兵器(またはその能力)を持っているだけに、今後の成り行きによっては、大変な事態になる惧れがあります。

さらに、この機に乗じてロシア、中国、北朝鮮などが何らかの形でイラン支援を加速すると、紛争は中東地域に留まらず、一気にグローバルな紛争にエスカレートする危険性もあります。

日本はどう対応するか

こうした最悪の展開の可能性も排除されない複雑微妙な国際情勢の中で、もしトランプ政権の再登場となったら、どうなるか。現時点ではあまり先走った議論は避けるべきですが、米国と同盟関係にある日本としては、対岸の火事では済まなくなるので、今のうちから日本外交の進むべき道について、しっかりした検討を進めておく必要があります。

それに関連した1つの重要な課題として、日本の防衛費増加(対GDP比2%)の問題があります。周知のようにトランプ氏はかねてからNATO諸国や日本、韓国などの同盟国に対して防衛負担コストの拡大を求めており、それに応じなければ、米国は防衛義務を果たすつもりはないと公言しています。

ちなみに、日本の防衛費は1976年の三木武夫内閣以来、おおむね1%以内を目安としてきましたが、この10年ほどで着実に増えており、23年度は過去最大の6兆8000億円余りとなりました(GDP比で1%超)。

今後政府は、新たな「防衛力整備計画」で23年度からの5年間に現在の1.6倍にあたる43兆円程度(GDPの約2%)に増額することにしています。さらに、様々な手段による「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の強化も行うことにしています。

国土を守る基本姿勢を明確に

これらは決して戦争を仕掛けるためではなく、あくまでも抑止力強化のためであり、また米国に言われてやるものではなく、日本の防衛のために自らの判断でやるものです。そして、そうした観点からみて最も重要なことは、日本の国土は日本人自身の手で守るのだという基本姿勢を憲法で明記することだと思うのですが、これについては、本欄ですでに何度か触れていますので、今回は省略します。

最後に一言付け加えれば、日本の安全保障の確保には防衛力強化などのハードウェア面だけでなく、外交や文化交流などあらゆる手段を総動員すべきであることは申すまでもありません。

(2024年4月29日付東愛知新聞 令和つれづれ草より転載)