露新国防相はウクライナには危険か

インスブルック大学の政治学者、ロシア専門家のゲルハルト・マンゴット教授は13日、独民間ニュース専門局ntvで「ショイグ国防相の解任はサプライズではない」と語っていたように、同国防相の解任の噂が囁かれてきた。

ベロウソフ新国防相 Wikipediaより

プーチン大統領は7日、通算5期目の就任後、新しい政府を組閣する。ミシュスチン首相やラブロフ外相など主要閣僚の留任は十分に予想されていたが、注目されたのはショイグ国防相だ。

プーチン氏の最側近の一人、ショイグ国防相の左遷すら噂されていたからだ。曰く、「プーチン氏は軍が余りにも強力過ぎると考え、ショイグ国防相の権限を制限しようとしている」というのだ。ショイグ国防相の信頼者の一人、イワノフ副国防相は4月、収賄容疑で既に拘束されていた。(「プーチン氏の新たな6年間の始まり」2024年5月7日参考)。

留任されたミシュスチン首相と解任されたショルグ国防相(2024年05月07日、クレムリン公式サイトから)

一方、ショイグ国防相の解任がサプライズと受け取られた理由としては、昨年末からロシア軍が攻勢をかけ、今年に入ってもロシア軍はウクライナ東部でかなりの領域を占領するなど、ウクライナ軍の武器・兵力不足もあって軍事的成果を挙げてきていた。そのうえ、戦時中にその担当の国防相を解任することは通常ではないからだ。

ショイグ国防相を批判してきたロシア民間軍事組織「ワグネル」の指導者、エフゲニー・プリゴジンの反乱が昨年夏に生じたが、反乱は短時間で崩壊し、プリゴジンと傭兵部隊のリーダーが飛行機事故死で幕を閉じてからは、ショイグ氏の地位は強化されたと考えられていた矢先だ。

結果として、ショイグ国防相は解任されたが、プーチン大統領が主導する国家最高意思決定機関の国家安全保障会議書記のポストを得た。人事的には一閣僚より高いポストだからショイグ氏は昇進したとも受け取れるわけだ。ただし、ショイグ氏には権限はない。

ntvのウェブサイトでヤン・ゲンガー記者は13日、ショイグ国防相について、「ショイグ氏は長年にわたり緊急事態省の大臣を務め、軍務を経験していないにもかかわらず将官の階級を得た。2012年に国防相に任命された。ウクライナ侵攻中のロシア軍の多くの失敗や腐敗が広く知られているにもかかわらず、ショイグ氏はほぼ不可侵でその地位を維持してきた。それは主に、プーチン氏との親近感によるものだ。両者はショイグ氏の故郷で何度か一緒に休暇を過ごし、釣りをしている写真がある」と説明し、プーチン氏がショイグ国防相を信頼してきたことが伺えると分析している。

一方、ショイグ国防相の後任に選出されたアンドレイ・ベロウソフ新国防相はウクライナにとって危険になる可能性があると指摘する声が聞かれる。ベロウソフ氏はショイグ国防相と同様、軍事キャリアを有していない。ショイグ国防相とベロウソフ新国防相との違いは、ゲンガー記者によると、前者が軍服を好み、後者は地味なスーツを好む点だという。

ベロウソフは経済学者だ。彼はソビエト連邦で経済学を学び、プーチン氏の経済顧問として仕えてきた。彼は2020年1月以来、第一副首相を務めている。ロシア経済が西側の財政制裁にもかかわらず、プラス成長を実現した背後には、ベロウソフ氏の貢献があったことは間違いないだろう。旧ソ連・東欧諸国の経済統計分析で有名な「ウィーン国際比較経済研究所」(WIIW)によると、2023年のロシアの経済成長率は推定3.5%とプラス成長だった。

それではなぜ新国防相はウクライナにとって危険な人物かというと、経済学者の新国防相は膨大な軍事支出をより効率的に活用することを主要任務としているからだ。ということは、戦時経済体制のロシアの膨大な軍事費を効果的に運営することでウクライナとの長期戦に耐え、戦いに勝利していくというプーチン大統領の計算があるからだ。プーチン氏は勝利するまで戦争を止める考えがないことを改めて明らかにしたわけだ。

マンゴット教授は「ベロウソフ新国防相は軍事予算の効率的運営を担当し、戦場での戦略、作戦はゲラシモフ参謀総長が担当するだろう」と予想している。ベロウソフ新国防相はロシアの軍事産業を強化し、ウクライナに圧力をかける意向というわけだ。

以上、軍服よりスーツ姿を好む新国防相ベロウソフ氏は、ゼレンスキー大統領とウクライナ軍にとって危険な人物といえる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。