トランプへの有罪評決を陪審員に出させた判事の指示書を読む

トランプが抱える4件の訴訟中唯一、11月の大統領選投票日前に判決が出るとされていた「ニューヨーク(NY)口止め料裁判」で30日、12人の陪審員が有罪を評決した。マーチャン判事は2日間延べ12時間の審議に先立って、評決手続きなど関する詳細な指示を陪審員に与えた。本稿では、滅多に見る機会のないこの指示書から、馴染みのない陪審制度および本件訴訟のポイントを探ってみた。

本論に入る前にこの評決の結果、今後起こると予想されることについて触れておく。

米国の陪審裁判の流れでは、陪審が「verdict」(評決)を出し、それを受けて判事が「sentence」(判決)を言い渡す。マーチャン判事は量刑の公聴会を7月11日に開くと述べた。それは7月15日に共和党が正式に大統領候補を決める全国委員会大会の4日前にあたるが、トランプの選出は動くまい。

だが、11月5日の投票の場に立てるか否かはマーチャン判事次第だ。E級重罪の34訴因を全て有罪とした評決の最高刑は懲役4年である。トランプが住むフロリダ州法には有罪判決を受けた州の法律に従うとあり、NY州法は「刑期中にのみ権利を剥奪する」としているので、彼が投票日を刑務所で迎える可能性もある。トランプが初犯かつ高齢なので、罰金か保護観察との予想もあるが、トランプは「憲法のためなら刑務所に行く」と嘯く。もしそうなれば「司法の兵器化極まれり」とばかり米国が騒乱状態に陥るかも知れぬ。

「戦い続ける」と述べたトランプはNY州の控訴審に上訴するだろう。控訴審では事実関係は争えず、主に裁判の進め方などについて審理が行われる。トランプには、機密文書裁判でスミス特別検察官がフロリダ南部連邦地裁に求め、キャノン判事が却下したトランプへの箝口令を、マーチャン判事が布き続けたことなどの材料がある。控訴手続きが11月前に終わる可能性は低い

上級審で有罪判決が確定した場合は、再選されても有罪判決を覆すのは難しい。大統領の恩赦権は連邦犯罪にのみ適用されるからだ。トランプは「何も悪いことをしていないと主張し、再選されても恩赦を検討しない」と示唆している。裁判の行われたNY州のホークル知事(民主党)がトランプを恩赦する可能性は更に低い。

裁判後に司法への不信感を述べるトランプ氏 同氏インスタグラムより

■指示書:「はじめに」

指示書はこの章で、先ず「この事件及び全て刑事事件に適用される法律の一般原則を確認」し、次に「起訴された犯罪の定義と適用法を説明」して、「各犯罪の要素を明示した後、陪審員審議のプロセスを概説」するとし、「説明には少なくとも1時間掛る」と述べている。陪審員に読み上げられたその指示書は55頁、原文で1万字(AI邦訳で2.5万字)ある。

次は「裁判所と陪審員の役割」。ここでは「私(判事)が意見を持っているかのような印象を抱いた場合」は「無視するように」要望し、また「声の高さや抑揚が変化する」ことがあるが、それは「法律や事件の事実、被告が有罪か無罪かについて私の意見を伝えるためのものではない」とわざわざ断りを入れている。

こうした「断り」が標準文言なのか、それとも弁護側証人ボブ・コステロの目つきが気に入らないと陪審員を外に出してコステロに説教した、少々変人めくこの判事独自のものかは定かではない。が、続く「証拠を判断するのは私の責任ではなく、あなた方の責任です。事実を判断するのも、被告が有罪か無罪かを決定するのもあなた方の責任です」は決まり文句であろう。

項目は「公正さのリマインダー」「被告に関する限定的指示」と続く。ここでは、陪審員に「被告に有利または不利な個人的意見や偏見を捨て、証拠と法律に基づいてこの事件を公正に判断することに同意」していることを忘れないよう念を押す。次の「判決を考慮せず」では、「審議では量刑や刑罰に関する検討・推測」を戒め、「有罪」の場合に「判決を下すのは私」と陪審制度の原則を述べる。

次の「証拠」「証拠に基づく推論」の要点は、「証拠のみを考慮して事実を判断」するということ。後者では、証拠を評価する際に「証明された事実と、その事実から導き出される推論を考慮する」としている。その推論は「証明された事実のみから自然かつ合理的、論理的に導かれねばならず」、それには「理性、常識、経験に照らし、全ての事実を見て検討しなければならない」とある。

「限定的指示」の項は興味深い。これは「証拠は限定された目的でのみ証拠として認められ、それ以外の目的でその証拠を検討してはならない」との原則だが、検察側証人マイケル・コーエンの証言を例示し、「彼がこれらの証言で有罪を認めた事実」は、あなた方が「本裁判の被告(トランプ)が起訴された犯罪について評決する際、これらを考慮することはできない」と述べている。

「無罪の推定」「立証責任」「合理的な疑い」の3項目は「全ての刑事裁判に適用される法の基本原則」だ。前者は「有罪と判決されるまで被告は無罪と推定される」ことを指す。真ん中は、被告は「自分が無罪であることを証明する必要はない」ということ。後者は被告が起訴された犯罪で「有罪であると合理的な疑いを超えて確信できない場合」、被告は「無罪とされねばならない」ということ。

■「証人の信頼性」

この章では、陪審員が証言の真実性と正確性を判断するための拠り所として、「全部または一部を受け入れる(Falsus in Uno)」「信憑性の要素」「一般的に」「動機」「利益」「利害関係の有無」「過去の犯罪行為」「矛盾する供述」「一貫性」「証人の公判前準備」「身元確認」「法律上の共犯者」の12の項目を挙げて説明する。

大半は常識的な一般論なのだが、「法律上の共犯者」の項目だけは本件訴訟の具体論であり、筆者にはその中身に違和感を覚えた。要旨はこうだ。

マイケル・コーエン証人は被告の共犯者である。米国法は、共犯者が証言の見返りとして利益を受け、または期待している場合、特に共犯者の証言に懸念を抱いている。従って、共犯者の証言が信じられるものであっても、被告とその犯罪の実行とを結びつける裏付け証拠がない限り、被告は共犯者の証言のみによって有罪とされることはない。

裏付け証拠は、それ自体で犯罪が行われたことや被告が有罪であることを証明する必要はない。法律が要求しているのは、共犯者が被告の犯罪への参加について真実を語っていることを合理的に納得させるような形で、被告と起訴された犯罪の実行とを結びつける傾向のある証拠があるということ。

また、コーエン証言とは別に、それ自体は被告と起訴された犯罪の実行を結びつけないものの、共犯者が被告の犯罪への参加について真実を語っており、それによって被告と犯罪の実行を結びつける傾向があることを納得させるような、重要で信じられる証拠があるかどうかを検討することもできる。

周知の通りコーエンはトランプ・オーガニゼーション(「TO」)の元副社長で、トランプの個人弁護士として06年から12年間、「Fixer(揉み消し屋)」の異名をとっていた。法廷でトランプの弁護人は、コーエンが宣誓下で嘘をついたことや連邦犯罪で有罪を認めた事実を指摘し、彼を常習的な嘘つきとして描いた。コーエンが脱税と虚偽の証言で弁護士資格を剥奪され投獄されたことも事実だ。

が、マーチャン判事は、そうした被告側弁護人の戦術を見通したかのように、コーエンとトランプが共謀していたことや、「Falsus in Uno」でも「証人が意図的に虚偽の証言をしたことが判明」した場合、「証言全体を無視することも、その部分は無視し、他の部分については受け入れることができる」ことなどを強調していて、判事として踏み込み過ぎてはいまいか。

■「起訴された犯罪」

この章でも、起訴された犯罪に適用される「NY州統合法 第一級業務記録改竄罪 刑法第175条第10項」について述べる前に、「付随責任」の項で「法律は、2人以上の個人が共同で罪を犯すことがあり、一定の状況下では、それぞれが他の者の行為に対して刑事責任を問われることがあることを認めている」と、コーエンとトランプが「協調した」ことを示唆する。

続けて「その定義」を述べた後、要旨こう述べる。

被告が他人の行為に対して刑事責任を負うことが合理的疑いを超えて証明された場合、被告の犯罪への参加の程度や問題ではない。被告個人が犯罪を構成する全ての行為を行った場合と同様に有罪となる。

有罪であれ無罪であれ、評決は、それぞれの訴因について、全会一致でなければならない。しかし、被告を有罪と認定するためには、被告が個人的に罪を犯したか、他人と共謀して罪を犯したか、あるいはその両方であるかについて、全会一致である必要はない。

一般に陪審評決は「全会一致」が原則とされるが、マーチャン判事はここで、被告の有罪が「単独犯か」「共謀犯か」「その両方か」については全会一致である必要はないことをことさらに強調する。この辺りも12人の陪審員全員が全34訴因を有罪とした要因の一つではなかろうか。

話を戻す。指示書は「第一級業務記録改竄罪刑法第175条第10項」に関して、「企業」「業務記録」「故意」「詐害の意図」「他の犯罪の実行または隠匿の意図」について説明し、「検察側は他の犯罪を実行する意図、またはその実行を幇助もしくは隠蔽する意図を証明しなければならないが、他の犯罪が実際に実行されたこと、幇助されたこと、または隠蔽されたことを証明する必要はない」としている。

続いて指示書は「NY選挙法第17-152条」の説明に入る。同条項には「違法な手段によって公職にある者の選挙を促進または阻止しようと共謀し」「実行された」場合、「共謀の罪に問われる」とあり、検察は「被告が意図した他の犯罪」がこれに違反していると主張する。

そして指示書は「違法な手段によって」について、「その違法な手段が何であるかについては全員一致である必要はない」とし、本訴訟では「 (1) 連邦選挙運動法違反、(2) その他の業務記録の改竄、(3) 税法違反」が考慮されるとしている。ここも陪審員全員が全34訴因を有罪とした要因の一つと思われる。

「連邦選挙運動法」では、「大統領職を含む連邦政府の選挙に関して、個人が故意に候補者に一定の限度額を超える寄付を行うことは違法とされているとし、15年~16年当時の上限が2700ドルだったとまで説明している。ポルノ女優に支払った13万ドルがこれに当たるという訳か(税法違反は省略する)。

次の「その他の業務記録の改竄」の項では、「詐取の意図を持って企業の業務記録に虚偽の記載を行った、または行わせた場合」、NY州では「第2級業務記録改竄罪」に問われると述べている。

指示書は34件の「訴因の詳細」説明の章に進む。大半が17年のコーエンから「TO」への請求、コーエンへの支払いとその小切手類や記帳などに関わるものである。指示書は「被告が、他の罪を犯す意図、またはその犯罪の実行を幇助もしくは隠蔽する意図を含む詐欺の意図をもって行ったこと」を検察が「合理的な疑いを超えて立証したと判断した場合」、「被告をこの犯罪で有罪としなければならない」とする。

ここでいう「他の犯罪」とは「NY選挙法第17-152条」の違反であろう。指示書は、これのリマインダーとして邦訳で約3300字の「第一級業務記録改竄罪」の章の説明を「訴因の詳細」の後で再度そっくり繰り返している。これが陪審員をどう印象付けたかは知る由もないが、訴訟自体に疑問を持つ筆者にですら、この長大な指示書を読むうちに「被告は有罪か」との思いが湧くほどだ。

指示書はこの後、「審議」「陪審員のメモ取り」「証拠品・読み返し・法律に関する質問」「陪審長の役割」「評決用紙」「陪審員の審議ルール」などの事務的な注意事項と連絡事項を述べて結ばれている。

本件の主たる訴因は、「口止め料」を「訴訟費用」として処理し、「選挙費用」と記帳しなかったことが「NY州統合法 業務記録改竄第175条第10項」に違反し、それが二次的に「NY選挙法第17-152条」に抵触するというものらしい。が、トランプはこの訴訟で自分が「どんな罪に問われているのかさっぱり分からない」とし、「マザー・テレサ」でも勝てないだろうと嘆じた

そもそも「口止め料」自体は犯罪ではないし、それをなぜ支払ったかはトランプの内心を覗かない限り判らない。主たる証拠は、選挙資金法違反、脱税、銀行詐欺など8件の罪状で18年12月に3年の懲役刑に処されたコーエンが、「16年大統領選挙に影響を与えることを目的に、トランプの指示で選挙資金法に違反した」と述べたことだ。

縷説した指示書は、バイデンへの献金者であり、娘のコンサル会社が多くの民主党議員をクライアントにしているマーチャン判事が、コーエンとトランプの共謀や全会一致が必要ない条件などを示唆する文言を随所で強調することで、陪審員を有罪評決に誘導するための道具ではなかったか。