面白くなってきたオーストリア総選挙

オーストリアで9月29日、ネハンマー連立政権の任期満了による議会選挙が実施される。選挙では極右政党「自由党」が支持率30%余りを取って第一党に躍進するのではないかと予想されている。各政党は既に選挙モードだが、そのような時、ネハンマー政権のジュニア政党「緑の党」の副党首であり、環境相のレオノーレ・ゲヴェスラー女史が17日、政権内の合意もない中、ルクセンブルクで開催された欧州連合(EU)の環境相会合でEUが推進している「自然再生法」に署名したのだ。ネハンマー首相の与党「国民党」は激怒し、署名の無効を欧州司法裁判所に訴えると宣言し、環境相に対しては「職務乱用」で告訴すると表明、中道右派「国民党」と「緑の党」から成るネハンマー連立政権は崩壊の危機に陥っている。

ルクセンブルクで開催されたEU環境相会合に参加したゲヴェスラー環境相(オーストリア環境省公式サイトから、2024年6月17日)

「自然更生法」については前日のこのコラム欄で説明済みだが、同法が採択されるためには、EU諸国の55%、人口の65%の支持が不可欠だ。オーストリアが署名したことでこれらのハードルをクリアし、採択される運びとなったわけだ。

ゲヴェスラー環境相は会合後、「自分の役割を果たせて嬉しい。署名決定は安易ではなかったが、法的な問題はまったくない」と自信をもって語っている。「自然再生法」が採択されたことで、EU加盟国は今後2年以内に具体的な行動計画を作成しなければならなくなる(「『自然再生法」を巡る環境相の独走?」2024年6月18日参考)。

ちなみに、「自然再生法」(Nature Restoration Law)は2050年までに気候中立を達成するためのEUの包括的な気候保護パッケージ「グリーンディール」の重要な部分だ。その目標は、生物多様性に富み、回復力のある生態系の長期的かつ持続可能な再生だ。これには、森林の再植林、湿地の再湿地化、より自然な河川流域の維持、そして結果としての生物多様性の保護が含まれる。「自然再生法」は、環境保護と経済成長を両立させるための重要な施策として位置付けられており、持続可能な未来を目指すEUの取り組みの一環だ。

「自然再生法」については、与党「国民党」内で強い反対があること、関係相のノーベルト・トーチニグ農業相は「環境相のイデオロギーに基づいた行動で我が国の多くの国民が大きな困難を抱えることになる」と説明し、環境相の独走を厳しく批判している。ちなみに、農林、建設業は国民党の支持基盤であり、「自然更生法」が採択されれば、さまざまな規制が新たに実施されることから反対がある。

国民党のカロリン・エットシュタドラー憲法担当相は「環境相は連邦州の意見に法的に拘束されており、農業省との合意を図らなければならないとされている連邦省庁法にも従わなければならない。憲法や法律を無視すれば、当然法的な結果を招くことになる。環境相は意図的に憲法および法律違反を犯している。これは極めて無責任であり、異常だ」と述べ、「事案の内容に関わらず、法が法であり続けなければならない。イデオロギーが法を上回ることは決してあってはならない」と強調している。

ネハンマー首相は17日、環境相の独走を批判し、職務乱用で訴える一方、「緑の党」との連立を解消する考えはないことを明らかにしている。政権の任期があと3カ月あまりしかないこと、夏季休暇に入る前に議会で採択すべき50余りの法案が控えていることもあって、早期議会解散は出来ないという事情がある。ちなみに、それらの法案は主に国民党が提出したものであり、党としては早期採択したい法案だ。

多分、ゲヴェスラー環境相は環境相の立場にあるこの時、「自然再生法」をぜひとも採択したいという願いがあったはずだ。その上、ネハンマー首相が連立を解消できないことを理解していたはずだ。環境保護グループ「グローバル2000」の指導者でもあった環境相はこれまでも「緑の党」の中でも冷静で切れ者と見られてきた。特に、欧州議会選挙で「緑の党」の筆頭候補者の不祥事もあって、支持率を大きく落としただけに、「自然再生法」を採択し、環境保護政党として実績を有権者にアピールできるというわけだ。

なお、「自然再生法」では国民の80%以上が支持しているだけに、国民党も法案への批判を控え、ゲヴェスラー環境相の一方的な独断への批判に留めている。

一方、支持率でトップを走る自由党は「緑の党」の環境相を批判し、議会で不信任案を提出する意向だが、社会民主党、リベラル政党「ネオス」は「自然再生法」を支持していることもあって、環境相の独走を問題視、法的に訴えることは「わが国の評判を落とすだけだ」と主張している。

総選挙まであと3カ月余りだ。ゲヴェスラー環境相の独走問題で議会内が再び賑やかになり、オーストリア総選挙の行方が俄かに面白くなってきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。